5-8 都市伝説

「知られざる日本各地の怖い歌……って、よくある都市伝説のサイトじゃないの、それも眉唾ものの」

 恋空は半ば小馬鹿にしたような口調でそう言ったが、穂香はそのタイトルに色めき立った。

「ねえ、ここに『ほろしつみ』のことが書いてあるんじゃない? 喜一君、きっとそれを読んだのよ」

「僕もそう思う。ユウスケ君、『ほろしつみ』という歌のこと、そこに書いていないかな」

「『ほろしつみ』? もう別タグで開かれているよ。はい、こっちね」

 ユウスケが開いたタグのページを全員が注目した。そのページのタイトルは確かに「ほろしつみ」であった。そして冒頭に歌詞が紹介されている。


〽鷹さん呼ばわば、ほろし摘み

 鳥さんむかさり、みのり摘み

 観音さんのきざはしに

 遂に宴の幕も閉づ

 色の照る日も空にあり


 歌詞の下に説明書きがあり、ユウスケがそれを目で追った。

「俺が読んでみるよ。ええと、ほろしつみは遠州地方民謡で、発祥は江戸時代の末期と思われ、昭和五十年には選択無形民俗文化財に選択される。以降、歌の背景について様々な研究が重ねられ、現在では静岡大学の……ってこれ、何て読むの?」

「おおこうち、だよ。僕がヴァイオリンの鑑定をした大河内安彦教授のことだね」

「そう、その大河内教授による『若人の熱愛が婚姻を機に冷めていく様子を歌にしたもの』という見解が学会では定説となっている。しかしこの歌には古くから語り継がれた怖ろしい伝承がある……うわ、ちょっとここから俺、怖くて読めないや」

 ユウスケが恐れをなしてパソコンから離れたので、恋空が交代してパソコンの前に座った。

「じゃあ、続きは私が読むわね──まず、歌詞であるが『ほろしつみ、みのりつみ』はそれぞれ古語で死刑を意味する言葉『ころしつみ、しぬるつみ』に掛けた隠語である。そのままではあまりに怖ろしいので湾曲表現されたか、ヤマホロシの実に毒があることから暗に『死』を隠喩させたと思われる」

 流石の恋空も薄気味悪く思ったのか、一旦呼吸を整えて読み続けた。「鷹とは神武東征において後の神武天皇となる磐余彦いわれひこに助力した高倉下たかくらじの子孫で、中世までは遠江国北部に散在していたという。

 その鷹一族のひとりの若者が鳥、すなわち美しい乙女を捕まえて強姦した。「呼ばわば」は元来「夜這よばわば」であり、すなわち夜這いや強姦の事実を表している。ところでその乙女には良縁があったのだが、この事件を理由に先方から断られ(遂に宴の幕も閉づ)、乙女の両親は彼女を遊郭に売り出した。乙女は遊郭から逃げ出し、観音山の崖(観音さんのきざはし)から身を投じて自殺した。

 それから遠江国に住む鷹一族は次々に乙女の霊に呪い殺され、やがて絶滅した。しかし乙女の霊の怨念はそれでもおさまらず、乙女が身を投じた崖に近づいた者は必ずその呪いを受けるという。『色の照る日も空にあり』には、『いろの』の語順を『のろい』と置き換えた場合に『呪い出る、日も空なり(どれほど日が経とうとも)』と読める含みを持たせている。なお、この歌は乙女の霊の怨念を少しでも宥めるために、当地の人々によって歌い継がれてきたということである」


 恋空がそこまで読み終えた時、聞いていた者は身震いがした。単に都市伝説であれば笑い飛ばせるが、その呪いの伝説に関わった喜一は記憶を失い、あとの三人は未だ行方不明なのである。与太話で片付けるには現状が深刻過ぎた。

「それって浜松の北部にある観音山のことよね。私、子供の頃に遠足で行ったことがあって、崖の側も通ったけど……もしかしてその時に呪われたせいでお母さん蒸発しちゃったのかな」

「いや、多分呪いの崖はハイキングコースからは外れていると思うよ。だから穂香さんが呪われたわけではないと思う。ともかく僕はその場所を突き止めてもう一度行ってみようと思う。そうすれば三人の行方不明者の足取りも掴めるかもしれないし、僕の記憶も戻るかもしれない」

 するとユウスケが立ち上がって反対した。

「何言ってるんだよ! 電話でキー兄は『呪われた』って言ってたんだぜ! 今度行ったら記憶喪失くらいでは済まないかもしれないぞ!」

「記憶喪失前の僕が何を見たかはわからないが、その時はかなり動転していたんだと思う。『幽霊の正体見たり枯れ尾花』と言うけど、暗くて訳が分からない状態だと草木や小動物さえあやかしに見えたりする。晴れた日の明るい真っ昼間なら、あの時見えなかった何かが見えてくる気がする。何となくだけど、きっとこれは呪いなんかじゃないと思うんだ」

 そうして喜一は観音山へ行く決意を表明した。ユウスケも恋空も、そして穂香も喜一の意志の固いのを見て、引き止めることは出来なかった。

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