5-7 ユウスケ

「……それが僕の見た、失踪する前の君の最後の姿だったんだよ」

 新田はそう言って語り終えた。

「そんなことがあったんだね。ひとつ言えることは、君が僕に謝る必要なんてこれっぽっちもないということだよ。記憶を失う前の天草喜一も多分同じことを言ったと思う」

「天草……ありがとう。君が戻って来てくれて嬉しいよ」

「いや、完全にはまだ戻っていないんだけど。ところで新田は不登校から立ち直った時、どうしてクラスを替わらなかったの?」

「それは……」

 新田は少し顔を赤らめた。

「もしかして、好きな女子がクラスにいるのかな?」

 何も答えなかったが、新田のもじもじした様子を見ると、どうやら図星らしい。

「ははは、そういうことか。でもさ、女の子に好かれたかったら、もう少し自信タップリに、堂々と振舞った方がいいと思うよ。虚栄でもいいから。反省なんて自分の胸の内だけですればいいんだよ」

「わかった、そうしてみる」

 そうして喜一は新田家を後にしたが、帰りは新田が玄関まで見送りに出て来た。

 喜一は穂香や恋空と合流し、自分がいた児童擁護施設「希望の家」へと向かった。希望の家は浅間山麓の西側にあった。予め喜一が訪問することは連続してあったので施設の職員たちは喜一の姿を見ても驚きはしなかったが、施設の子供たちは喜一の姿を見つけるなり駆け寄って来て纏わり付いた。

「キーにいが帰って来た!」

「どこ行ってたんだよ、心配したじゃん!」

 子供たちの歓待に辟易しながら、喜一は少し前までここが自分の居場所だったことを認識し始めた。やがて園長の千々岩三郎がやって来て喜一を見ると抱き寄せた。

「喜一君、おかえり。大変な目にあったんだね」

「ただいま……と言うべきでしょうけど、何分にも記憶がないのですみません」

「ま、こんなところで立ち話も何だから中に入ろうじゃないか。お嬢さんたちもどうぞ」

 すると穂香と恋空は「おじゃまします」と声を揃えて言い、施設の中に入った。喜一は中に入るとあちこちをキョロキョロと見渡した。

「喜一君、何か思い出したかい?」

「いえ。やはり何も思い出せないです。僕がいなくなる前、何か変わったことはありませんでしたか?」

「ウチは八時が門限でね、それ以降は無断で外出出来ない決まりなんだ。君はいつも夜間外出の時は何をするかキチンとした説明をして断っていたのだが、あの日に限って無断で外へ出て、そして帰って来なかったんだ」

「そうでしたか……覚えてはいないんですが、何だかご迷惑をおかけしました」

「いやいや、そんなにあらたまらないでよ。そうそう、ユウスケ君が部屋にいるから会ってやってよ」

「ユウスケ君?」

「君のルームメイトで中学生なんだけど、所謂中二病っていうのかな、難しい年頃でね。喜一君のことをとても慕って頼りにしていたんだよ」

「そうですか、じゃあちょっと会ってきます」

 それから千々岩は三人を喜一が暮らしていた部屋に案内した。中に入ると如何にも生意気そうな中学生がいた。

「君がユウスケ君?」

「キーにい! 覚えてねぇのかよ、記憶とか失ってんじゃねえよ!」

 ひたすら憎まれ口を叩きながらも、再会を喜んでいる様子が見て取れた。喜一はユウスケのことを全く思い出せないが、どんな関係性だったか想像出来た。

「ふざけんな、おまえみたいなクソガキのこと忘れられるわけないだろ」

「言ってろ!」

 もちろん喜一はユウスケを覚えているわけではない。しかし敢えてこのようにいってみたのも、あながち間違った対応でもないようだった。

 そしてユウスケは喜一の後ろに立っていた穂香と恋空を見てニヤッとした。

「そうそう、キー兄が隠し持ってたエッチな本、ちゃんと処分しておいたから安心しろよ」

「バ、バカ野郎! 声がデカいんだよ!」

 喜一が耳まで顔を真っ赤にするのをユウスケはケラケラ笑って見ていた。恋空も大笑いしていたが、穂香は喜一と同じく顔を赤らめていた。

 しばらくして笑いの収まった恋空は、ユウスケにいたずらっぽく視線を投げかけた。

「ねえユウスケ君、今の嘘でしょ? そういうのって今時の男の子は紙の本じゃなくてネットで見るものなんじゃないの?」

「へへへ、バレたか。そう言えば俺、キー兄のパソコンのパスワード知ってるぜ」

「おい、僕の留守中に人のパソコン勝手に見てたのかよ」

「いや、一回立ち上げたことはあるけど、流石に中を見るのは気が引けてやめたよ」

「まったく……いや、ちょっと待てよ。パソコンを見れば僕の過去について何か分かるかもしれない」

 しかし穂香は若い男性のパソコンを覗き見ることに躊躇した。

「大丈夫? 立ち上げたらいきなり裸のお姉さんが飛び出して来るなんてないよね?」

「大丈夫……かどうかわからないけど、君のお父さんが言ってたよね。過去を知ることでフラッシュバックすることもあるって」

「……やっぱりやめる?」

「いや、ここまで来たんだ。中を見よう。ユウスケ、頼むよ」

 喜一はそういってユウスケにパソコンの立ち上げを促した。

「あいよ、パスワードは……と、これでEnter押して、ポチッ! うわっ、何だこれは!」

 ユウスケが大袈裟に驚くので、穂香は思わず「キャッ」と叫び両手で顔を覆った。そして指の隙間から恐る恐る画面を覗き見ると、とあるウェブサイトが表示されており、そこにはこのようなタイトルが掲げられていた。


【知られざる日本各地の怖い歌】

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