5-6 新田の述懐

──新田の述懐をまとめると次のようになる──


 巷では明治トンネルと呼ばれている宇津ノ谷トンネル。そこでの置き去り事件以来、新田は固く心を閉ざし、引きこもりと不登校を続けていた。だがスクールカウンセラーの血の滲むような尽力の甲斐あって新田は少しずつ立ち直り、学校にも通えるほどに回復した。カウンセラーも両親も転校かクラス替えを提案したが、本人の希望で同じ学校、同じクラスにまた通い始めた。

 再び登校するようにはなったが、クラスメイトたちは腫れ物に触るように新田に接した。でも新田にすれば、放っておかれることはむしろ心地良かった。マザーテレサは「愛の反対は無関心」と言ったが、下手に愛されて嫌な目に遭うよりはむしろ無関心でいて欲しいと思うのだった。

 匠たちも先生たちから注意されていたのか、始めのうちは新田に近寄ろうとしなかった。しかし新田の登校が安定してくると匠たちは一言二言話しかけるようになった。

「なあ、新田は俺たちのこと、怒ってるよな」

「そんなことないよ」

「そうか、それを聞いて安心した」

 そんなことを会話を匠たちは度々持ちかけてきた。そして徐々にその頻度が増し、しつこくなってきたので流石に新田も嫌気がさした。

「あの、もうあのことなら何とも思わないから、もう『怒ってる?』とか聞かないで欲しい」

「それは悪かったな。だけどさ、俺たちもちゃんと許されてるって感じがしなくて、落ち着かないんだよ。おまえ、本当は心の中で許していないんだろ?」

「そ、そんなことないよ。ちゃんと許してるよ」

「ほお、だけどそれ、伝わってこないんだよなぁ。もっと伝わるように心込めて許してくれよ」

「ああ、ごめん……」

 何故自分が謝っているのか、新田は理不尽な気持ちだったが、その場をやり過ごすために謝罪の言葉がつい口から出てしまった。

 それからしばらくは匠たちから話しかけられることはなかった。だが、忘れた頃になって数学の授業中に匠から声をかけられた。

「おーい、新田!」

 嫌な予感がしつつも匠の方を見ると、こっちに来いと手招きしている。新田は授業中ということもあって躊躇したが、断ると後々面倒だと思い、渋々席を移動した。すると、宮地がわけのわからない歌を歌い出した。何のことかと思って周りを見渡すと匠と田辺はニヤニヤしながらこちらを見ている。そして匠がそのわけを話した。

「今の歌な、呪いの歌なんだってさ」

 新田は身ぶるいした。呪いの話が怖かったのではない。匠たちが口では反省したフリをしながら全く変わっていないことにゾッとしてのだ。恐怖する新田に匠が追い打ちをかけようとすると、喜一が止めに入った。

「君たちさ、まだこんなことやってたのか」

 匠は弁解した。

「なに言ってんだ、俺たち最近喋ってなかったから久々にお喋りしてるんだよ。なあ、新田」

「う、うん……」

 たしかに匠の言うように最近ずっと会話がなかった。しかし新田にとって匠たちからの圧迫感は日に日に増していた。そしてその日の放課後、帰り道で新田は匠たちに囲まれた。

「なあ、おまえが『心を込めて許す』って言ってから大分経つけどさあ、前にも増して許されてない感じがするんだよね」

「そんな……」

 匠の言葉は理不尽な言いがかりではあったが、新田の匠たちへの許せない気持ちが高まったのは事実だ。

「あのさぁ、世の中なんでも努力が必要なんだよ。おまえさ、俺たちを許そうって努力が足りねぇんじゃないの?」

「努力なら……それなりにしてるよ」

「どんな努力だよ、あ? 言ってみろよ」

 三人にグイと顔を近づけられて新田は押し黙ってしまった。しばらくして匠が顔を離して言った。

「じゃあさ、許されてるって認める機会を与えてやるよ。それをすればおまえが俺たちを許してるんだって納得する」

「どんなことするの?」

「今日、宮地が歌ったわらべ歌があるだろ、そこで歌われている呪いの地に一緒に出かけるんだよ」

「そんな、僕がそういうの苦手だって知ってるでしょ。あんな事件起こしておいてまだ懲りていないの?」

 新田がつい本音を吐露すると、匠たちは一瞬怯んだ。しかしすぐに開き直った。

「ああ、そうですかぁ。僕は被害者でございってかぁ。俺たちをそうやって上から目線で見て恨みを晴らそうってんだな」

「ちょっと待って、どうしてそういうことになるの?」

「そうとしか思えないからさ。そう思われなくなかったら、今週金曜日の夜十時、神社の駐車場に来い。そこで待ち合わせて一緒に出かけるからな」

 匠はそう言って強引に話をまとめ、帰って行った。


 そしてその週の金曜日夜、新田は待ち合わせの時間より三十分早く神社の駐車場に来た。親にバレないように引きこもったフリをして部屋の扉に鍵をかけ、窓からこっそり抜け出したのだった。十分前になっても匠たちは現れなかったが、やがてザクザクという玉砂利を踏む足音が聞こえてきた。振り向くと、天草喜一がそこにいた。

「天草! どうしてここに?」

「あいつらが新田を囲んで話しているの、陰で隠れて聞いてたんだよ。どうしてまた同じことを繰り返すんだ? あいつらもあいつらだけど、新田も新田だよ。こうやってあいつらの言いなりになってたら、どんどんエスカレートするだけだぞ」

「でも、今回一緒に行けば僕が許したって認めてくれるって」

「あのさ、これで終わるわけないだろ。それに向こうが加害者なんだから、許されていると感じようが感じまいが君の知ったことじゃない。まあ、とにかく今日は帰りなよ。僕が代わりにあいつらと一緒に行くから」

「え? でも……」

「つべこべ言ってないで行けよ。ついでにあいつらが君に近づかないように話つけておくから」

 そう言って天草が追い払おうとするので、新田はそそくさとその場を去った。振り向くと、本当に帰って行くか監視するかのように天草がじっと新田を見つめていた。

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