3-6 メイソン

 直戸は考えた。目の前の胡散臭い男がピンキーハウスの常連客であることに嘘はなさそうだが、あまり良い情報は期待出来そうにない。かといって他に仕入れるあてもない。

「いくら払ったら話す?」

「三万円でどうだ」

「高いな。せいぜい一万円だ」

「では少し情報量差し引いて二万円でどうだ」

「まずはお試しで一万円だ。それで面白そうだったら上乗せしてやる」

「まあいい。場所を変えよう」

 そこで二人は会計を済ませて店の外に出た。男は直戸を自分の車に乗るよう勧めた。直戸は見ず知らずの男の車に乗ることには抵抗があったが、いざとなれば何とかなるだろうと楽観的な気持ちで乗り込んだ。直戸が助手席に座ると、開口一番男がいった。

「あんた、パインのこと調べてんだろ?」

「パインのことを知っているのか?」

「ふん、図星か。俺はパインのことを直接的には知らん。だがたまにあそこでパインと連絡取ってる連中がいることは知ってる」

「なぜそんなことを知っている?」

「へへ、俺は時々テレクラの会話を盗聴しているもんでな」

「良い趣味とは思えないな。まあいい、話を続けろ」

「まあそんな風に盗聴してるとな、時々あのような店にそぐわねぇ妙な会話がきこえてくるんだ。だいたいが胡散臭せぇ取引だが、その会話の相手がパインと名乗る男だ」

「なるほどな、そこにパインが絡んでくるわけか。どんな連中がパインと連絡を取っていたか覚えているかね」

「最近では、訛りの強い日本語を話す男がよく来るな。不法滞在の外国人だろう。まあこっちはパインのパシリってとこだな」

「その男の話なら知っているからいい。他はないのか」

「もう一人はもっときちんとした感じの男だ。年の頃は三十路前後。この男が妙な話をしていたな」

「ほう、どんな話だ?」

「浜名湖や佐鳴湖の水をリッターいくらで売るとか買うとか」

「浜名湖や佐鳴湖の水?」

 直戸は二つの湖の名前が出たことで色めき立った。パインは湖の水をわざわざ誰かから買っている。湖の水くらい、誰でもバケツを持って汲みに行けば入手出来る筈なのに。しかもパインの仕事を請け負った村下がその佐鳴湖で溺死しているのだ。これが無関係と言えようか。とりあえずパインに湖水を売った人物を調べてみる価値はありそうだと直戸は思った。

「その男の素性について何か分かるか?」

「声の感じは三十くらいの男ってところだった。名前は〝メイソン〟……まあ、本名じゃないだろうがな」

「他に何か特徴はないか?」

「特徴と言ってもなあ……あ、パインって奴は結構気が短くて『急げ、早くしろ』とハッパをかけるんだが、メイソンの方は『焦るな、ちゃんと時間をかけさせろ』と口癖のようにいってたな。急かされるのを嫌がる性格のようだ」

「なるほど……他には?」

「いや、これ以上は出てこねえよ」

「うむ、まあいいだろう。それじゃ約束の報酬だ。取っとけ」

 直戸が一万円札を渡すと男が抗議した。

「面白かったら二万の約束だろう。まさかつまんなかったなんていうつもりじゃないだろうな」

「ふん、これで満足か」

 直戸は一万円札を上乗せして渡し、男の車を降りた。



 直戸が帰宅したのは午前三時頃だった。みな眠ってしまい静まり返った家の中を、音を立てぬよう忍び足で自室に向かい、入るなり着の身着のままで布団の上に寝転がった。

 翌朝、直戸が起きて食卓につこうとすると、いつも並べられている筈の朝食がなかった。それで直戸は穂香の部屋の方に向かって呼びかけた。

「穂香ぁ、朝食が出ていないぞ。早くしてくれたまえ」

 するとガチャという音がして穂香がドアから顔をのぞかせた。

「二晩も家を放ったらかして出歩くような人には朝食なんてないわ! ごはんくらい自分で何とかしなさい!」

「いや、お父さんも仕事でね……」

「捜査協力のこと? 冗談じゃないわ。どうせ仕事とか言って有楽街でもほっつき歩いていたんでしょう!」

「えっ?」

 次の瞬間、穂香はバタンと激しくドアを閉めた。直戸は思案顔になって思った。


(何故わかったのだ?)

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