3-5 客引き

 直戸は車を大型車の駐車スペース辺りに停めて怪しい者がいないか見張っていた。しばらくすると、中東系の若い男がトラックからトラックへと渡り歩いて運転手と何か話しているのが見えた。直戸は車を降りて、コッソリ男の背後に忍び寄った。そして彼が運転手に話している会話に耳を傾けた。

「いい話、あります」

「いい話ってどんな話だ」

「とても儲かる話です。ききたくないですか?」

 そこで直戸はぬっと男の前に出た。

「それは興味深い。ぜひきかせてもらおうか」

 直戸は偽造警察手帳を見せた。無論違法行為だ。しかし男はそれが偽物とは分からず、逃げ出した。直戸は全力で男を追いかけ、捕まえた。

「……パスポートを見せろ」

「今、ここにない、ウチにある」

「ふん、どうせ不法滞在だろう。名前は? どこの国から来た?」

「見逃してください! わたしの国、戦争で生きていけません。わたし帰るところない」

「わかった。見逃してやる代わりに正直に質問に答えろ。嘘だと分かったら即刻強制帰国だぞ」

「はい、何でもいいます」

 直戸は男を引き連れて、再びサービスエリアの建物に入った。何か飲むかと言うとコーヒーというので、窓口でそれを注文し、男に差し出した。

「お前がいっていた儲かる話って何だ?」

「あまりよく知らない。パインが仕事を紹介する、それをすればお金たくさんもらえる。私はダンプの運転手のところへ行ってそのこと教えるだけ」

「それはどこで誰に頼まれた?」

「わたしは日本に来てから仕事なくて、ピンクチラシを電話ボックスに貼る仕事していました。ある日、仕事中におまわりさんに逮捕されたんですが、警察署に行くかと思ったらテレクラに連れて行かれたんです」

「テレクラに?」

「はい。そして部屋に入って待っていたら電話が鳴りました。電話を取ると、相手はパインという男の人でした。その人はいいました。夜中に浜名湖サービスエリアへ行って停まっている黒いダンプカーを見つけたら『儲かる仕事がある』といって名刺を渡せ、と。その名刺は仕事の報酬と一緒に部屋の中の机の上に置いてありました」

「その名刺を今持っているか?」

「はい、こちらです」

 そうして手渡された名刺には、ただ「パイン」という名前と携帯番号だけが書かれていた。

「お前はこのパインという男に心当たりはあるか?」

「いや、直接会ったことないです。連絡はいつもテレクラで取ります」

「そのテレクラはどこの何という店だ?」

「有楽街にあります。名前はピンキーハウスです」

「わかった。今日私と話したことは必ず内緒にしておくように。パインにも話すなよ」

 直戸は口止め料として二万円を握らせ、男を去らせた。



 直戸は浜松有楽街へと車を走らせた。そして車をコイン駐車場に入れた後、有楽街を歩いていると程なくして「ピンキーハウス」という店が見つかった。インターネットの普及でテレクラは下火になったということだが、この店はそれなりに繁盛しているようで、時々客の出入りが見られた。

(さて、どこから手をつけたものか。当然パインの息がかかっているだろうから迂闊に入ると調査が台無しになる)

 その時ピンキーハウスから数軒離れた場所にあるカクテルバーに直戸の目が止まった。案外いいネタが掴めるかもしれないと思い入店した。

「いらっしゃいませ、何にいたしましょう」

「ああ、運転があるからノンアルコールで頼む」

「では、ノンアルコール酎ハイをベースにした当店オリジナルフルーツカクテルはいかがでしょうか」

「ああ、頼むよ」

 直戸は運ばれてきたノンアルコールカクテルを口にし、しばらく時間を置いて頃合いを見計らってさりげなく質問してみた。

「マスター、近所にピンキーハウスってあるよね。あれテレクラだろ。最近ああいうのあまり流行らないってきいたけど、そこそこ客入ってるんだね」

「ピンキーハウスさんですか、そうですね。案外いい出会いあるみたいですよ」

「こういうところに来る客がほら、そこの話なんかしていないかい?」

「おや、お客さんもしかして探偵ですか?」

 マスターが探ぐるような目つきになったので直戸は鉾先を引いた。焦らずゆっくり情報を引き出していこうと直戸は思ったその時である。直戸の隣の席に一人の中年男が自分のグラスを持ってきて腰掛けた。直戸は気がつかないふりをしていたが、やがで中年男の方がコソコソと話しかけてきた。

「あんた、探偵だってな。ピンキーハウスのこと調べてるんだろ?」

「何のことだ」

「とぼけても無駄だ、顔に書いてるぜ」

「用件があるならはっきりいえ」

「俺はピンキーハウスの常連だもんで、とびきりのネタがあるんだが、買う気はないかね?」

 直戸が訝しげな視線を投げかけると、男はそれを跳ね返すようにニヤッと笑ってみせた。

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