3-3 サンパイ
「まさか、轢き逃げ犯と佐鳴湖の水死体が同一人物とはな……」
直戸と雁屋は色めき立った。
「道下君が綾小路家に来たこと、佐鳴湖ん事件に関わったこと……きっと神さまが俺たちを引きつけてるら?」
「そうやっていつの間にか自分の事件に引き込むのもあんたのやり方だな……それはさておき、もう一つ気になるのは、柏木社長の娘が言っていた〝パイン〟の存在だ。それから浜名湖の水死体も何か繋がりがあると思っていいだろう」
「あん放置トラックが産廃用だったもんで、みな違法産廃関連者かもしれんに」
「よし、産廃関連、当たってみよう」
「行かざぁ、ハイ、サンパイ!」
「……」
不意のオヤジギャグに意表を突かれた直戸は、いつもながら雁屋のペースに乗せられている自分がもどかしく思えた。
†
彼らは浜松市役所環境部産業廃棄物対策課を訪ね、小西という担当者が応対した。
「ええと、産廃事情についての質問ということですが……」
「先日佐鳴湖と浜名湖で水死体ー上がっただけん……その一人が産廃運搬業者だとわかっただに。もう一人もたぶんそうだら。もっと言ったら〝パイン〟っちゅうフィクサーの陰も見え隠れするだに。その辺、調べたいだけぇが、どこから調べたらいいだに?」
小西は自分自身で頭の中を整理してから返答した。
「そうですね、まずは産業廃棄物の流れをお話しましょう。まず産業廃棄物は分別・保管されます。次に収集・運搬となり、積み替え・保管。そして中間処理が行われた後、再生あるいは最終処分となります。最終処分というのはどこかへ埋めてしまうということです。中間処理業者によってリサイクル不能と判断された分別されたゴミが処分場に埋められるわけですが、おそらく件の運搬業者は中間処理施設から最終処分所への運搬を担っていたと思われます」
「ほんだぁ、中間処理業者か最終処分場の管理者がフィクサーとして暗躍している可能性が高いら?」
「そうですね。しかしながら合法的な仕事だけでは人が死ぬようなトラブルは考えにくいですね。おそらく非合法な仕事が絡んでいたのでしょう。その場合、専門の手配師が仕事の段取りを組みます。不法廃棄を受け付ける処分場探し、ユンボ(パワーショベル)のオペレーターやダンプカーの運転手の斡旋、さらには役所対策まで引き受けます。そういう輩の多くは堅気ではありませんので、昔から何かとトラブルを起こしがちです。〝パイン〟という名前は聞いたことがありませんが、おそらくそういった連中の一人ではないかと」
†
その晩、直戸は東名高速上り線浜名湖サービスエリアに向かった。小西によれば、深夜になるとそこに不法廃棄を請け負うダンプが集まり、手配師の指示を待つのだと言う。彼らに当たってみれば情報が得られるかもしれないということだった。実際に行ってみると、サービスエリアの一角には昼間見たような真っ黒な改造ダンプカーが何台も停まっていた。直戸はその内の一台を適当に選んで運転席のドアをノックした。するといかにもガテン系の男がウィンドウを開けて直戸の方を覗き込んだ。
「遅かったに、今日の穴場はどこだ?」
「いや、私は綾小路直戸という私立探偵なのだが、ちょっと話を聞きたい」
「探偵? 勘弁してくりょ!」
そう言って男は引っ込んでウィンドウを閉めた。他のダンプにも数台当たったが、大体同じ反応で拒まれた。
(思いのほか警戒心の強い連中だ。初めから探偵と名乗らない方が良いかもしれん)
そう思った時、何者かが直戸の肩をぐいと掴んだ。直戸は咄嗟にその腕をつかみ返した。
「何をする。一体何者だ」
「浜松中央署生活環境課の阿部だ。あんたこそ何者だ。一体何をコソコソ嗅ぎまわっている」
「中央署か。それなら、かつて刑事課に在籍していた綾小路直戸の名前に聞き覚えがあるんじゃないか?」
「綾小路? ああ、表向きはヴァイオリン屋をしながら裏稼業で探偵業をやっている元刑事か。ということは裏稼業のほうでここにいると言うわけだな。悪いがとっとと帰ってくれ。こっちも大事なヤマ抱えてんだ。下手に掻き回されたら迷惑なんでな」
「手間は取らせない、こっちは情報が知りたいだけだ。何ならあんたが答えてくれてもいい。先日水死体で発見された村下周作という運び屋がここに出入りしていたようなんだが、知らないか?」
「ふん、産廃の非合法の運び屋なんぞゴマンといるからな、そんな連中の一人一人をいちいち気にかけていられるか」
「では、〝パイン〟という名前に心当たりは?」
その時、阿部の顔がサッと変わったのを直戸は見逃さなかった。
「コードネーム〝パイン〟……誰もその正体を知らない。金にはなるがヤバイ仕事を持ちかけてくるというもっぱらの評判だ」
「ヤバイ仕事って、産廃の不法投棄自体既にヤバイだろ」
「パインの手掛けていることに比べれば産廃の不法投棄なんて……敢えて言うが、可愛いもんだ。結局は俺たちが普通に捨てているゴミと変わらんからな」
「産廃と家庭ゴミを一緒くたにするのはいくらなんでも極論だろう」
「一般人ってのは結構危ない物を平気で捨てているんだ。ゴミってのはつまるところ再利用するか埋め立てるしかない。日本人は再利用には消極的だからな、埋め立ての割合が多くなるが、まともに埋め立てるには場所も処理時間も全然足りない。それで堅気でない連中が国民の尻拭いをしているわけだが……そんなことも知らずにゴミを捨て続け、のうのうと生活しているのが我々日本人というわけさ」
「御託はいい。不法産廃よりヤバイ物って何だ」
「色々あるだろ。犯罪の証拠となるもの……例えば死体とか、凶器の類い、法的にあってはならないものとか。不法廃棄の取締が昨今強化されたとは言え、まだまだ投棄現場はヤバイ物を隠す場所としてはうってつけなんだ。パインという人物はそういう仕事のお膳立てを一手に引き受けているわけだ。運び屋でもパインの仕事は敬遠されているようだが、借金苦などで金に困ったドライバーがやむなく引き受けることがあるらしい」
「ふむ、何とかそのパインの尻尾を掴みむことは出来ないものかね……阿部さん、ここは俺と一緒に組まないか」
「いや、俺はパインみたいなハイエナには興味ない。それに奴は簡単に尻尾を掴まれるようなタマじゃないぜ。まあせいぜい頑張れよ、こっちの邪魔にならない範囲でな」
そう言って阿部は去って行った。それからも直戸は情報を集めるため、ダンプの運転手たちへの聞き込みを続けた。
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