1-4 鑑識

 綾小路あやのこうじ直戸は浜松中央警察署へと出かけ、雁屋誠憲を呼び出した。雁屋は満面の笑みを浮かべて直戸を歓迎した。

「いやあ、おんしなら引き受けてくれると思ったに!」

「勘違いしないでくれ、引き受けたとは言っていない。それより、逆に調べて欲しいことがある」

 すると雁屋はあからさまに失望の色を顔に浮かべた。

「やれやれ、こっちの用ひっぽかいて頼みごとけぇ?」

「……嫌なら他に頼むから断ってももらっても構わん」

「まあいい。で、なに調べるだに?」

 直戸は紙袋を差し出した。その中には〝道下歩夢〟少年が着ていた衣服が入っていた。

「これを着ていた少年は記憶喪失でね、縁あってウチで預かることになったんだが、どうやら車に撥ねられたらしい。ここに塗料の痕が残っているだろう、ここから轢き逃げした車両を割り出してもらいたいんだ」

「ほんだあ、鑑識ん方行くけ……」

 

 そこで二人は鑑識課へ足を運んだ。応対したのは上杉和馬という鑑識官だった。奇しくも佐鳴湖と浜名湖の水死体の担当者でもある。

「轢き逃げですか、早速調べてみましょう」

 そういって上杉は衣服に付着した塗料を器用に削ぎ取り、プレパラートに載せた。そしてコンピューターと接続された専用スキャナーにセットするとモニターを凝視した。

「これは……市販の自動車に使用されている純正の塗料ではありませんね」

「つまり後で塗り替えたっちゅうことけ?」

「ええ、それも違法改造車などに使われるような粗悪な塗料ですよ」

「事故記録のデータベースで、同じ塗料が使われてないか検索してくりょ」

「事故ですか、どうかなぁ……あっ、ありました。いや、結構ありますねえ。みな白ナンバーの改造ダンプですよ。ナンバー、リストアップしておきますね」

 雁屋はリストを受け取って「ありがとう」と一言礼をいって立ち去ろうとしたが、ふと湖の件について訊いてみようと思った。

「そういやあ、佐鳴湖と浜名湖ん水死体、自殺と断定した根拠は何け?」

 すると上杉はあからさまに嫌な顔をし、声を潜めて言った。

「……今、あの件で刑事課の方に協力するのはごだって知っているでしょう?」

「ああそうだに、思い出いてしただに」

 雁屋の突然のオヤジギャグに場の空気が凍りついたが、上杉はこれを機に追い出しにかかった。

「思い出して頂いてなによりです。では、これでお引き取り下さい」

「ちょ、ちょっと待ちない、せめて納得行く説明してくりょ」

 上杉はこれ見よがしにため息をついて答えた。

「水死に見せかけた他殺の場合、肺の中に湖水成分以外に砂土成分が混ざります。浅瀬で無理やり水を飲まされるわけですから湖底が舞い上がって被害者が飲み込むわけですよ。ところが件の二つの遺体には全くといって良いほど砂土成分が検出されなかったのです。いや、きれいなものでしたよ」

「あらかじめ他ん場所……例えば浴槽で溺れ死なせて、湖ん中うっちゃったとも考えられるら?」

「ありえないですね。肺の中の水の成分はそれぞれの湖水成分と一致しているのです。だから発見場所と同じ湖で溺死したと判断せざるを得ません」

 しかし雁屋の胸中の疑念は晴れない。

「んだけぇが、事故死と判断する材料、揃いすぎとるで……むしろ作為的な匂いを感じるだに」

「刑事課の方々はそうやって勘みたいなものを重んじたりしますけど、私たちにとってはデータが全てなのです。憶測に左右されてしまうと、判断を誤って大変なことになりますから。……用がお済みでしたらお引き取りいただけませんか?」

 そうしてほとんど上杉につまみ出されるような形で直戸と雁屋はそこを出た。それからリストアップされたナンバーを元に、事故車の所有者に連絡して話を聞いたところ、彼らは一様に柏木モータースという業務用トラック専用の自動車整備工場で車を改造したという。そこで二人は早速柏木モータースを訪ねてみた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る