第31話 ライドオン! 後編

 初心者の洞窟に設けられた広場に、それは現れた。


 鋼鉄の硬さだった肉球をガッチガチに!

 鋼鉄のようにたくましかった足もガッチガチ!

 鋼鉄の鋭さをもった牙までガッチガチ!

 鋼鉄みたいに頑強だったメタリックボディーも、やっぱりガッチガチ!


 赤柴犬独特の明るい茶色と白のツートンカラーはそのままに、背中にバイクに似たハンドルバーとシートを備えたガッチガチの巨大な犬がお座りしていた。



「コ、コタロウ⁈」


「ワン♪」



 カオスドラゴンの大爆発に耐えるどころか、分厚い装甲で攻撃をはね返し、圧倒的質量の巨体は爆風を受けてもびくともしない。


 そこには体長五メートルを超えようかという、巨大なロボット犬がお座りしながらリンを見下ろしていた。



「よかった……生きているんだね」


「ワン!」



 コタロウの姿を見て、リンは目に再び涙が浮かび上がる。それは決して悲しみの涙ではなく、嬉しさと安堵からくる涙だった。



「また居なくなっちゃったかと思ったから……」


「わう〜」



 目に手を当てながら涙するリンを見て、コタロウはガッチガチな頭を下げ、ペロッとほほを舐めてじゃれつく。それは、コタロウがいつもリンを慰めるときにする仕草なのだが……。



「コタロウ……舌、い、痛いよ〜」


「わう?」



 ショックアブソーバを強制オフにされたリンは、硬い金属の塊のような舌で舐め回され、頬がヒリヒリと痛む。やっぱり舌もガッチガチだった。



「わ、わうん」



 コタロウはリンの言葉に「ご、ごめん」と慌てて舌を離し、頭を垂れ反省していた。

 それを見てリンは目の前にいる存在が自分の飼っていた愛犬で間違いないことに安心を覚える。



「あはは、本当にコタロウだ。ちょっと体が大きくなったけど……お帰りコタロウ」


「わう〜」



 ちょっとした軽トラック並みに大きくなった愛犬は、『ただいま〜』と言いたげな声で鳴くと、リンは優しく首に抱き付き再会を喜んだ。すると――



「グォォォ!」



――その横合いから怒り狂った咆哮が響き渡り、リンは我に返る。




「え? あ、ああ、そうだった!」


「グゥゥゥッ!!」



 すぐ目の前で、自分を睨み付けている狂える竜の存在をリンは思い出す。


 突如あらわれたコタロウを警戒し、様子をうかがっていた狂える竜は、ついに痺れを切らし、コタロウに威嚇の声を上げていた。



「どうしよう⁈」


「わん!」



 今まさにリンたちに襲い掛かろうとする凶竜……その様子を見たコタロウは、突如リンの前で伏せの姿勢を取り、まるで背に乗れと言わんばかりに体を低くした。



 リンの目の前に、バイクに似たハンドルバーと腰を下ろすためのシートを備えた鋼鉄の背中が広がる。


「え⁈ これって……乗ればいいの?」


「わん!」



 コタロウの行動の意図を理解したリンは、迷わずガッチガチの体をよじ登り、ハンドルバーを握りながら背にまたがる。


「わっ! 高い! でもすごく安定しているから、怖くないかな」


「わん!」


 

 初めて乗るはずの大型バイクのような機体なのに、なぜか乗り心地が良いことにリンは気づく。


 普段見ることがない高い視線に驚きつつも、リンはしっかりとハンドルを握りしめ、体を支えてくれるシートに座り直す。


 するとリンの手が虹色に光り輝き、握ったハンドルバーを介し、光がコタロウの中へ注ぎ込まれていく。

 


「な、な、な、なにこれ? なにかが私の手から、コタロウへ流れ込んでいくみたいだけど?」


「わん、わん」



 コタロウが『大丈夫、大丈夫』と吠えると、コックピットに備え付けられていたモニターが映りだし、謎のメーター群の針が一斉に動き出した。



「何このメーター⁈ 画面にも、なんかいっぱい出てきた?」


【アニマドライブ接続……完了】

【神気充填開始……充填率1%】

【神経伝達光ファイバーの構築……完了】

【神経伝達接続にエラーを発見】

【充填中の神気を用いて接続デバイスの作成開始】


 ディスプレイには、次々と何かを示すメッセージやグラフが表示されていく。


 静かに伏せたまま鳴動をはじめるコタロウ……カオスドラゴンはその姿を見て震えていた。

 それはさきほどの虹色の輝き放つ小さな者から感じた力が、コタロウへ注ぎ込まれつつあるからであった。


 大爆発による攻撃を平然と跳ね返した存在に、自分が恐れを抱く力が備わったとしたら――



「グギャァァァァァァァ」



―― 奴が動かない今しかないと、カオスドラゴンは恐怖する心を捻じ伏せ、凶々しい爪を振りかぶる。



「リン、攻撃が来るわよ!」



 動き出した狂える竜を見て、ハルカがリンに向かって走り出した時――



「クマー!」



――リンの前で壁として立っていたクマ吉が、カオスドラゴンの爪に飛びついた。


 硬いもの同士がぶつかり、鈍い音がリンの耳に響く。


 そしてリンは見た。クマ吉の体を貫き、背中から生えるカオスドラゴンの爪を……。


「クマ吉!」



 リンが叫ぶと同時に、視界に表示されていたクマ吉のHPバーが一気に下がり、ゲージの色が青から赤の色に変わる。だが――



「くまー!」



――クマ吉は胸を爪に貫かれても、カオスドラゴンの右腕をガッチリ両腕で握り離さない。四肢を踏ん張り、狂える竜をその場に釘付けにする。


 爪を無理やり引き抜こうと暴れるカオスドラゴン……暴れるたびに、クマ吉の真っ赤なHPバーが少しずつ減っていく。



「クマ吉ダメ! 私たちはいいから逃げて!」


「くっま〜♪」



 リンの叫びにクマ吉は顔を振り向け、痛みに耐えながらも笑っていた。それはご主人様が心配しないようにと浮かべた、精一杯の笑顔だった。



「リン!」



 するといつの間にかリンの傍に、頼れる親友ハルカの姿があった。



「はーちゃん、どうしよう⁈ クマ吉が……コタロウは、まだ動けないみたいなの」


「これやっぱりコタロウなんだ……もう召喚獣というかロボットアニメに出てくるヤツみたいになってきたわね。まずは落ち着きなさい。はい、深呼吸! スーハー」


「スーハー……」



 リンはハルカの声に従い、深い深呼吸を数回繰り返し、落ち着きを取り戻す。


「落ち着いた?」


「うん」


「よし、じゃあ次は、このピンチをどう切り抜けるかだけど……」


 ハルカは、チラリとカオスドラゴンを抑えるクマ吉のHPバーの減り方を見て、長くは持たないと判断し打開策を練りはじめる。



「リン、コタロウは動けないの?」


「みたい。何かを充填していて……」



 と、リンがハンドルバーから手を離すと『神気充填中……充填率25%』の表示でゲージが止まってしまった。



「ん〜、リン、ハンドル握ってみて」


「うん。あっ、メーターが動き出した」


 リンがハンドルバーを握ると再びゲージが上昇をはじめる。



「状況がわからないけど、リンから神気とやらがコタロウに注がれているのかな? 充填率100%で動けるようになる? この充填スピードからして、あと三分ってとこね……」



 ハルカは考える。今できる最善の策を……。



(どうする? デザートイーグルの残弾はゼロ。戦闘中は生産系スキルが使えないから、【弾丸作成】も使用できない。いま私のできる攻撃は【銃打】スキルくらいだけど、この程度の攻撃で、アレにダメージが入るわけないわよね)



「……なら! リンはそのままで、私とクマ吉で時間を稼ぐわ」


「だけど、はーちゃんとクマ吉だけじゃ⁈」


「いまのままじゃ、どうやったって、あのカオスドラゴンには勝てない。でもリンとコタロウならアイツに勝てるかもしれない。私とクマ吉で倒せなくても、時間稼ぎくらいならできる」


「はーちゃん」


「アイツを倒すのはリンに任せた。さあ、クマ吉やるわよ! フォーメーション『リバースH』!」


「く、ま〜」



 ハルカがフォーメーションシステムの名を口にすると、クマ吉はそれに応えながら四肢にさらなる力を入れ、カオスドラゴンを拘束する。



「コタロウ、先に謝っとくわ。ごめん」



 ハルカはそう呟き、コタロウの背中から首を伝って頭へ走りだす。その間に腰に差した二丁のデザートイーグルを両手に持ち、頭を足蹴にして宙に跳ぶ。



「グォォォ!」



 ハルカに気付いたカオスドラゴンは、自分の体に穴を開け倒して見せた銃を見て警戒の唸り声を出す。同時に迫り来るハルカを向かい討つべく、口を大きく開け、牙を突き立てようと待ち構える。


「はーちゃん!」


「くまー!」



 その瞬間、待っていましたとばかりに狂える竜を釘付けにしていたクマ吉は、長い首に手を回し、しがみついた。


 予想していなかった一瞬の荷重で頭が下がり、攻撃の軌道もズレた。そして――



「さあ、リンのために踊りなさい!」



――カオスドラゴンの鼻先に絶妙なバランスで降り立ったハルカは、二つの銃口をいまだ健在な右目に見せつけながら、トリガーを引く。


 すでに左目を失い、二度の復活を果たしても回復しない属性攻撃を警戒したカオスドラゴンは、残された目を守るため、まぶたを反射的に閉じて防御する。


 一瞬の闇が狂える竜に訪れる。だがいつまで経ってもやってこない攻撃に、カオスドラゴンは恐る恐る目を開くと、鼻先でハルカが邪悪な笑みを浮かべていた。



「残念、弾切れなのよね。クマ吉!」


「くま!」



 次の瞬間、カオスドラゴンの背中に火球が炸裂し、背中が広範囲に燃え上がる。



「グギャー」



 熱さと痛みで悲鳴を上げるカオスドラゴン…… ハルカとクマ吉は、火球が炸裂した瞬間に後ろへと飛びのいていた。


 『リバースH』……本来はメインアタッカーであるハルカの攻撃を当てるため、他の物が囮となるフォーメションなのだが、リバースがつくことで逆の意味になる。


 すなわち、ハルカが囮となり、クマ吉が攻撃をするフォーメションへと切り替わる。


 クマ吉はハルカの言葉に従い、首筋にしがみつくと同時に、得意な火魔法でカオスドラゴンの背に火球を作り出していた。


 ハルカの銃に気を取られ、火球が膨れ上がっていくことに気づかない獣の背中に、渾身の一撃は炸裂した。


 カオスドラゴンは燃え上がる背中の熱さに、たまらず地面へと倒れ込む。そして背中を地面に擦り付け炎を消し止めると、ゆっくりと立ち上がる。


 カオスドラゴンの背中は焼けただれ、プスプスと所々から煙を上がっていた。



「グォォォォォォ!」



 傷つけられた痛みを振り払うかのような咆哮、そして火属性で攻撃され再生できない左目と胸……そして背中を除いた箇所の再生がはじまる。


 大爆発によって失ったウロコも再生し、爆発反応装甲リアクティブアーマーをカオスドラゴンは再び身にまとう。



「あちゃ〜、意外と冷静に対処されちゃったわね。もうちょい時間を稼ぎたかったけど、あと一分くらいか……こっからは小細工なしよ。クマ吉、危ないと思ったら下がりなさい」


「くまー!」



 空のデザートイーグルを手にハルカとクマ吉はカオスドラゴンへと挑む。



「はーちゃん、クマ吉……まだなの? 早く早くしないと」



 リンはハンドルバーを握り、ディスプレイに表示された画面をチラリと見る。


【神気充填率……70%】

【充填中の神気を用いて接続デバイス作成中】


 充填完了まで残り30%……リンは焦る気持ちを抑え込み、手にするハンドルに力を込める。


 その間にも、ハルカとクマ吉にカオスドラゴンに攻撃を加え、カオスドラゴンのタゲを自分達にうまく固定していた。



「さあ、きなさい。どんな攻撃も避けてあげるわ」


「クマー!」



 ヒラヒラと攻撃を避け、チクチクと【銃打】スキルでハルカは攻撃を加える。すると鬱陶しい攻撃に焦立ち、大ぶりになったカオスドラゴンの攻撃の隙に合わせ、クマ吉がファイヤーボールを撃ち込む。


 いつもとは逆のリバースした役割に、カオスドラゴンは翻弄され攻撃を受け続ける。


 一方的な攻撃で、ハルカたちが優勢と思われていた戦いも、徐々にカオスドラゴンへと勝利の天秤は傾きはじめていた。


 それはファイヤーボールが当たる寸前、リアクティブアーマーを爆発させることでダメージをすべて相殺されてしまっていたからであった。


 優勢に見えていても、消耗しているのはハルカ達の方であり、いつ天秤がカオスドラゴンへ傾いてもおかしくない状況へと陥る。



「ダメージは入らないか……あと四十秒! クマ吉、踏ん張りどこよ」


「クマ!」


 有効打が打てないハルカは、ひたすらに攻撃を避け、隙を作る。クマ吉はただひたすらにファイヤーボールを撃ち続けた。



 自虐的行為ともいえる戦い……だがハルカたちは、勝つ必要などなかった。ただクマ吉たちは信じて戦う。この狂える竜に終止符を打てる存在が誕生する瞬間まで……ただひたすらに耐え忍ぶのだった。



「はーちゃん、クマ吉! コタロウ早くしないとみんなが……」



【神気充填率……85%】

【充填中の神気を用いて接続デバイス作成完了】

【接続デバイスを操者に強制装備】



「えっ? 強制装備?」



 ディスプレイ画面に表示された文字を読んだ瞬間、リンの着ていた初心者の服が虹色の輝きを放ちはじめた。


 なにも装備していなかった頭にも虹色の輝きが灯ると、全身を覆っていた光りが弾け飛ぶ。



「ええ? なにこれ……服が変わってる」



 虹色の光が弾けた後には、白色のカチューシャを頭に着け、白くたけの短いローブと短パンを履いたリンの姿があった。


 https://kakuyomu.jp/my/news/16817139559038419664


 再び虹色の光を見たカオスドラゴンは、タゲをコタロウに変え襲い掛かろうとするが、ハルカ達がそれを許さない。


「あと十秒! もうこの距離と時間じゃブレス攻撃も間に合わないわよ!」



 その言葉を聞いた狂える竜は、おもむろに右手で左腕を掴むと、自らの肩に牙を突き立て喰いちぎった。



「な⁈」



 ポタポタと赤い血が地面に流れ出た。傷口から噴き出する血……だがカオスドラゴンは流れ出る血になど見向きもせず、リンとコタロウを睨んでいた。


 イヤな予感がハルカの脳裏をよぎった瞬間――



「グォォォォォ!」



――カオスドラゴンは、喰いちぎり体から切り離した左腕をコタロウたちに投げつけようと振りかぶる。



「まずい! アレを投げるつもり⁈」


「クマー!」



 クマ吉は攻撃のため、生成途中だったファイヤーボールをとっさにカオスドラゴンの顔に目掛けて投げつけた。


 腕を投げるモーション途中だったカオスドラゴンに先制し、顔にファイヤーボールが炸裂する。


 すると投げ放つタイミングをズラされた腕は、洞窟の天井付近に向かって投げ出されてしまう。


 突然のことで、生成途中で威力も低いファイヤーボールだったが、腕を離すタイミングをズラすことにクマ吉は成功したのだ。



「ナイスよ、クマ吉!」


「クマー!」



 在らぬ方向へと確実に投げられた腕を目で追い安堵するハルカ、だがその顔はすぐに驚愕へと変わる。


 ……それは天井へと投げられた左腕のウロコが、一斉に赤く発光をはじめたからだった。



「まさか⁈ リン逃げて!」


「クマー!」



 空を飛ぶ左腕がリンの真上を通った時、リアクティブアーマーが爆発し、ウロコが散弾銃のように辺りへ撒き散らされた。


 時間を稼ぐためリンから引き離し距離を取っていたのがあだとなった。もはやリンを守る手立てはない。



「コ、コタロウー!」



 降り注ぐ雨に驚き、愛犬の名を叫んだリン……その時、コックピット内に備え付けられたディスプレイに――


【神気充填率……100%】

【操者とのリンクスタート】


――の文字が表示された。


 リンにウロコの雨が降り注ごうとした瞬間、コタロウの巨体があり得ないスピードで後ろへ飛び退く。


 誰もいなくなった場所にウロコが突き刺さり、地面をズタボロにしていく。


 やがて雨が降り終わると、洞窟内に虹が現れた。いや……正確にいうならば、虹色の光を放つ一匹の犬がそこに立っていたのだ。



「リン無事なの⁈」


「くまー」


「わ、わ、わ、わ、わ、な、なにこれ⁈」



 攻撃を避けリンの無事な姿に安堵するハルカ、リンは突然動き出したコタロウに驚いていた。


 驚くリンたちの隙をついて、カオスドラゴンが足のリアクティブアーマーを爆発させ、加速しながら動きだす。



「しまった!」



 ハルカとクマ吉の脇を抜け、カオスドラゴンは、コタロウに喰いつかんと口を大きく開け飛び掛かっていた。



「コタロウ避けて!」


 リンの言葉にコタロウはちょこんと隣に跳んで攻撃を避けていた。その姿を見たカオスドラゴンの口元が吊り上がる。


 狂える竜は噛みついた勢いをそのままに、体を横に回転させ、尻尾の一撃をコタロウに叩き込んできた。


 しかしリンには、カオスドラゴンの細かな筋肉の動きと動作から、それが見えていた。

 カオスドラゴンの攻撃は囮で、本命は尻尾であると瞬時に判断し、ジャンプで飛び越えるイメージを思い描く。


 するとコタロウは、リンのイメージ通りに体をジャンプさせ、尻尾の攻撃を飛び越えてしまう。


 言葉にしてもいないのに、こうしたいと思っただけでコタロウはイメージと寸分違わずに動いてみせた。

 まるで自分の体を動かしたかのような感覚に、リンはポカンとしてしまう。


「え……こ、これって……まさか、私の思った通りに動いてくれたの?」


「ワン!」


 『そうだよ〜』と、背に乗るリンに振り向きながらコタロウは答え、リンは信じられないと言った表情を浮かべ愛犬の顔を見つめた。



「……」



 その隙をカオスドラゴンは逃さない。静かに腕を振り上げ、背中に顔を向けるコタロウの首筋へと凶々しい爪を突き出す。確実に当てる不意打ち――



「見えてるよ!」



――だがリンには、その攻撃は丸見えだった。コタロウはリンに顔を向けたまま、攻撃を避け、振り向き様にガッチガチの肉球の一撃をカオスドラゴンの顔に見舞う。



「グギャァァ!」



 恐るべき一撃に、狂える竜はよろめきながら距離を取る。



「す、凄いコタロウ! まるで自分の体を動かしているみたいに……ううん。それ以上に私の思う通りに動いてくれた。凄い凄い!」



 物心ついた頃から速すぎる脳内信号のせいで、全力を出せなかったリン……いまでこそ意識しなくても、ある程度は普通の人と同じ暮らしをできるようにはなった。


 だが、複雑な動きや一定以上の速度で体を動かそうとすると神経経路内で渋滞を引き起こし、体がまともに動かなくなる。


 ゆえに、リンは生まれてから全力で体を動かしたことがなかった。生涯、力をセーブして過ごすしか、生きる道はなかったのである。


 だがしかし……コタロウという希望がいま、リンに光りをもたらした。



「グルルッ!」



 コタロウの一撃を受けたカオスドラゴンは、唸り声を上げながら、リンたちを牽制する。だがコタロウという新しい体を手にしたリンは怯まない。


 手にするハンドルバーを握りしめ、虹色の瞳でカオスドラゴンを見たリンは愛犬に命令する。



「コタロウ、一緒にあの子を倒そう」


「ワオーン!」



 いま、一匹の獣と一人の少女が、ひとつになる。



……To be continued『人犬一体 前編』

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