ACT.04「力を強さに、その両手に」

特訓!どっきり!そして出会い!?

 カイナが帰郷ききょうして、三日がった。

 その頃にはもう、ユウキはユズルユ村にすっかり溶け込んでしまっていた。彼女が緩衝材クッションになり、時に接着剤ボンドになってくれて、魔族の親子も上手く生活に馴染なじんでいる。

 丁度、カイナも今の自分の身体に慣れてきた頃だ。

 隻腕せきわんとなって失われたバランスを、意識的に補う動きを掴み始めている。

 そしてとうとう、彼は実戦形式の模擬戦プラクティスでそれを確かめる段階へと進んでいた。


「えっと、カイナ君。ホントにいいの? キミ、無理してない?」


 晴れ渡る朝、森を流れる川のほとりに河原かわらが広がっている。

 開かれたその場に今、はがね戦神せんしんが立っていた。いかつい甲冑かっちゅうを身に着けたユウキだ。改めて見ると、正気の沙汰さたとは思えない。機械的なからくりで補佐された鎧らしいが、総重量を考えると女の子が着るようなものではない。

 一方で、細くくびれた腰や華美な装飾のかぶとは、まるで女神像だ。

 そう、今日のカイナの相手を引き受けてくれたのは、ユウキである。


「無理は承知、無茶でもやるだけだ。それを無駄とは思えないしな、俺は」

「あーもぉ、これだから男の子ってやつは。よしっ、じゃあやりますかっ!」


 ユウキは髪をまとめて、小脇に抱えていた兜を被る。

 可憐かれん戦乙女ワルキューレの表情が覆われ、そこには無慈悲な戦いの熾天使セラフが姿を現した。手にはランスと大盾、どちらも規格外の巨大なものである。

 背のマントが風にたなびき、まるで広げた翼のよう。

 その威容に、思わずカイナもゴクリとのどを鳴らす。


「じゃあ、本気でいくよ? いいんだよねっ」

「ああ。よろしく頼む」


 カイナも半身に構えて、いつも通りに左手を前へかざす。左腕は常に守りのかなめであり、相手との距離感を測って支配するためにも多用していた。

 だが、対となる右の拳はもうない。

 だから、攻撃は両足の蹴りを主軸に練り直してあった。

 何度もイメージを重ねたし、実際に全身にその動きを叩き込んだ。

 それでも、こうして実際に戦うとなると……模擬戦でも、少し緊張する。加えて言えば、ユウキの泰然たいぜんとしたたたずまいには全く隙が見当たらない。


「なるほど、まさしく要塞だな。付け入る隙が見えん。下手に踏み込めば終わりだ」

「ま、そゆこと! んじゃ……わたしから、いくねっ!」


 不意に、ユウキの姿が消えた。

 そう、その場にかすかな残像を残して消滅したのだ。

 次の瞬間、迫る刺突に思わずカイナは身をよじる。

 まるで瞬間移動したかのように、目の前にユウキが出現していた。なんたる踏み込み、驚くべきはやさと瞬発力だ。

 鈍重どんじゅうな容姿を裏切るスピードが、二度三度とランスを繰り出してくる。

 左手一本でそれをさばいていなしつつ、カイナは僅かに下がり始めていた。


「疾くて、しかも重い! クッ、そうでなくてはなっ!」

「ほらほら、カイナ君っ! 防戦一方? そんなんじゃ、わたしにだって勝てないよー!」


 ユウキの言う通りだ。

 守ってばかりでは勝てないし、そもそも現時点で戦いにすらなっていない。一方的に逃げ回るだけなら、カイナは今のままでも負けはしないだろう。

 だが、彼が求めているのは勝利だ。

 

 それを知る代価として、幼馴染おさななじみと右腕を続けて失ったのだ。

 キュイン! と小気味よい音を響かせ、ユウキの攻撃がさらにテンポアップする。


「確かに、疾い。威力も十分だ。だが――ッ!」


 カイナは下がる脚を止めて、鋭い突きを弾く。

 手の甲で受け流せば、一撃必殺の攻撃がぎりぎりで逸れて肌を擦過さっかする。

 ユウキのランスは、彼女の身長よりも長いものだ。普通は騎士が馬上で使うようなやつで、しかも奇妙な機械が取り付けられている。

 だが、そのリーチの内側に飛び込めば……勝機は見えるはずだ。

 それに、どうしても槍の性質上、攻撃は直線的だった。


「――ッ!」


 ユウキのふところに潜り込んで、肉薄の距離に密着する。

 僅か一歩の踏み込みで、カイナは身体を捻って横回転させた。その円運動が生み出す気流がうずとなり、空気が逆巻く。そのままカイナは左のてのひらをユウキの腹部へ押し当てた。

 こうした重装甲の敵に対しては、パンチやキックよりも効果的な攻撃がある。

 直接的な打撃よりも、密着して防御の内側へと衝撃を通す。

 そう、師匠であるセナより教わった、武術の真髄を見せる時だ。

 カイナは吸った息を肺腑はいふに留めて、自分の中心線に意識を集中する。腹の底が熱くなって、その奥から込み上げるエネルギーが解放された。


「――んくぅ! っは! うう、ゲホゲホッ! ちょ、ちょっと待って……なに今の」


 一瞬、ガクン! とユウキが揺れた。

 だが、その場で崩れ落ちることなく距離を取る。

 正直、カイナ自身は驚きを禁じ得なかった。

 今の一撃は、大型のモンスターさえも一撃で倒す威力の発勁はっけい……凝縮されたの衝撃波だ。相手に触れねば出せぬ反面、あらゆる防御力を貫通して内部に直接ダメージを通す奥義である。

 巨大なかにの化物や、全身が岩石でできたゴーレム……そうした強固な敵を、この技で今まで倒してきた。

 倒れてくれなかった相手は、ユウキが初めてである。

 そのユウキは、下がって兜を脱ぎ捨てた。


「うえー、女の子が出しちゃいけない声が出たぁ。やるじゃん、カイナ君っ!」

「……どういう鍛え方してるんだ、お前は」

「鎧の耐魔法処理たいまほうしょりが、少しだけダメージを緩和してくれた。生身なら参っちゃってるかも」


 一瞬、裸のユウキに手で触れるヴィジョンが脳裏を過ぎった。

 それで、突然頭の中が熱くなる。

 カイナは思わず、邪念を振り払うように頭をブンブンと振った。無防備な女性の素肌に触れるなど、破廉恥はれんちである。そして、そんな妄想が勝手に浮き上がってくるとは、自分の修行が足りない証拠だ。

 だが、改めて構えたユウキは勝ち気な笑みを浮かべている。


「カイナ君、鼻血。鼻血出てるよ?」

「ん、あ、ああ! これは、違うからな! 違うんだ」

「なーにが違うんだか。わたし相手に興奮しちゃった? なら、本気で応えないとねっ!」

「さっきのは本気じゃなかったのか? 俺はとっくに本気も本気、真剣勝負だ」

「次は本当の本気、全力全開だよっ!」


 グイと鼻を拭えば、確かに血が出ていた。

 それを指で振り払って、今度はカイナから攻めに転じる。

 今の一撃で、ユウキは至近距離での打ち合いを嫌がる筈だ。必定ひつじょう、リーチを活かして距離を取る……容易に近寄らせてはくれないだろう。

 その駆け引きこそが、カイナの新境地を試すチャンスだ。

 付け焼き刃ではあるが、蹴り技ならばランスに対しても互角の距離を作れる。

 そう思った、次の瞬間だった。


「なにっ! フッ、なるほど……気に入ったぞ、ユウキ!」


 ユウキは躊躇ちゅうちょなく、再び突進してきた。

 河原の石が土煙つちけむりと共に舞い上がり、先程よりも鋭い踏み込みが目の前に迫る。

 先程の発勁でりたと思った、それはカイナの甘い読みだった。

 ユウキは、危険を承知で飛び込んできた。そして、小さく関節をチュインッ! と鳴かせながら……盾を繰り出してきた。

 巨大な盾がハンマーのように迫る。

 要塞の城壁にも似た圧力は、あっという間にカイナの視界を覆ってしまった。

 盾は鉄壁の防御であると同時に、相手の目をふさぐスクリーンなのだ。


「この距離、取ったよっ! いくらカイナ君でも」

「なんの、まだだ! まだっ、まだまだぁ!」


 かっと目を見開くカイナの意識が、一瞬を永遠に引き伸ばしてゆく。まるで時間が止まったような、そんな錯覚の中で集中力が研ぎ澄まされてゆく。

 盾の向こうに、ユウキの姿は見えない。

 右に避ければ右に、左に避ければ左に突きが来る。

 ならばと、向かってくる盾にカイナはえて踏み込んだ。

 そのまま無造作に、軽く押すような蹴りを突き出す。そして足で盾を踏むや、そのまま脚力だけで盾を駆け上がった。


「上からなら! ――な、なにっ?」

「その上の、上っ! 上手うまく防御してね、カイナ君っ!」


 盾の向こうにすでに、ユウキはいなかった。

 そして、頭上から声が降ってくる。

 空中でそれを見上げて、咄嗟とっさにカイナは体勢を立て直そうとした。だが、コンマ一秒の世界で肉体は左腕の喪失を思い出す。思考を挟んでそれを補正していたが、今は反射的に肉体を動かすべき瞬間だった。

 だが、諦めることなくカイナは身をよじった。

 両の足を開いて回し、大気を蹴って僅かに攻撃を避ける。

 落ちてくるユウキのランスが、大地に突き刺さった。

 そして、それを地上に見送るカイナはまだ浮いている。


「上手くはないが、避けて背後からっ!」


 今度こそ、攻撃のターンだ。

 あの長くて重いランスが、深々と河原に突き立っている。あれを抜かねば動けないし、逃げるなら手放すしかないだろう。

 しかし、

 大量の石が宙を舞い、まるでつぶての嵐に巻き込まれたようにカイナを襲う。

 その中でカイナは、初めて自分が対峙する強敵に畏怖いふした。

 自分と互角に戦える人間など、セナとセルヴォ以外にいないと思っていたのだ。

 世界は広い……そう思ったら、不思議と口元に笑みが浮かぶ。


「あーもぉ、これ使わせるかー! カイナ君、どこっ!」


 ランスを抜き放ったユウキは、土埃つちぼこりの中で再び盾を構える。

 傷一つつかず穂先ほさきを輝かせるランスが、中程でバクン! と折れてなにかを吐き出した。どうやら、先程の爆発は機械仕掛けのランスが生み出したものらしい。そのエネルギーを発生させた仕組みは使い捨てのようだ。

 だが、二発目を取り出そうとするユウキの上で、カイナは飛び蹴りで急降下。

 すかさずユウキも、再合体させたランスを突き上げてくる。

 その時、声が走った。


「ふふ、お見事。勝負ありましたね……ユウキ、貴女あなたの負けです」


 落ち着いた、どこか老成した声だった。

 少しハスキーな、その言葉の意味をカイナは現実にする。

 天をくランスの一撃に対して、蹴りで正面からぶつかる。互いの切っ先が触れ合う中で、カイナは僅かに力をそらしてすれ違った。己を穿うがつらぬく攻撃が、肌をビリビリ震わせながら通り過ぎる。

 同時に、左手でランスを掴んで反動で横に一回転。

 そのままユウキの肩に舞い降りるや、両足で細い首を掴んだ。

 股に挟んでそのままさらに縦回転、全身の筋肉をバネに背後へと投げる。

 ユウキの首を支点に、カイナは背筋と脚力で大地に叩き付けたのだ。


「勝負あったな、ユウキ」

「むぎゅー、た、立てない……あと、そのぉ、カイナ、君?」

「これだけの鎧を着込んでの動き、体捌たいさばき。それに機械式の武具。お前は強いな、強かったよ」

「ど、ども……それで、あの、この体勢はちょっと」


 言われてはたと気付く。

 大の字に伸びたユウキの上に、カイナはまたがるように座っていた。鋼鉄の鎧の下で、呼吸するユウキの胸が上下する感覚が伝わってくる。

 丁度ちょうど股の下にユウキを見下ろす格好で、目を背ける彼女はほおを朱に染めていた。

 慌てて飛び退けば、乾いた拍手の音が響く。

 振り向くと、見慣れぬ旅装の少女が笑顔でこちらに歩み寄ってくるのだった。

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