第50話 <演劇その2です!>
幕が上がり、次の場面に移動する。
市のセットが並び、有志で協力してくれた生徒がお店に立って、イリヤが買い物籠をさげてお肉を選んでいる。
ここでキルアちゃんが登場してネチネチと嫌がらせをするんだけど、さてあの子はどんな演技を見せてくれるのだろうか。
根が素直で可愛いから嫌味が感じられないかも。いや、案外イリヤと同じタイプで演技となると神がかった才能を発揮する? どちらにせよ少し楽しみになってきた。
お肉を布にくるんで籠に入れると、いよいよキルアちゃんが満を持して登場……だいぶ動きがカクカクしてるけど大丈夫かな? 電波環境悪い? なーんて。
扇子片手に口元を隠して……あ、裏面にカンニングペーパー仕込んでる。
「あ、あららこんなところでおもしろいかおをみたわねーいったいなにしてるのかしらー」
すっごい大根演技なんだけど! しかもめちゃくちゃしゃべり方もたどたどしいし。
あれはきっと緊張だね。大勢の前で劇というのは確かに緊張するのは分かる。
「お姉様……私は今、今晩の夕食の材料を買いに来ているのです」
「そうなのねーそんなのしようにんにまかせておけばいいのにひまなのかしらねーってそうだったごめんなさいあなただけじぶんのごはんはじぶんでよういしていたんだったわねー」
超がつくほどの棒読みを披露したキルアちゃんが頑張ってる感じで笑う。
イリヤがキルアちゃんの横を通り過ぎようとしたとき、それに気分を害したキルアちゃんがイリヤを突き飛ばして転倒させるシーンに移る。
このシーンは大丈夫だろうか。一体どうなるのかな。
キルアちゃんがイリヤの肩に手を置いて派手に突き飛ばす。
って、なんか台本読んで想像していたよりもかなり強くついたねあれ。あーあーイリヤがセットの一部壊して倒れちゃったよ。
「え!? あ、あれ!? ごめんなさい!」
「キルアさん。演劇中なのでこれも演技として台詞続けてください」
「あ、そ、そうですね分かりました! ……まぁ大げさすぎるわ。ちょっと肩をついただけじゃないのよおーほっほっほっほ!」
イリヤはさすがの演劇魂でこれもアドリブにしてしまったらしい。
そして、キルアちゃんも思わぬハプニングで吹っ切れたのかな。大根具合が消えて役者の演技になった。
キルアちゃんの高笑いを残して幕が降りていく。
うーん観客席からクスクスと笑い声が聞こえてる気がするけど、まぁ影響はないでしょう。これから私がどんどんヘイトを稼げばいいんだから!
幕が完全に降りた。それと同時にキルアちゃんが滑り込むように見事な土下座を披露する。
「本ッ当にすみませんでしたごめんなさぁぁぁぁぁい!!」
ピッタリと手足を揃えたそれはもう見事な土下座で、思わず私たち全員が目をぱちくりさせてしまう。
ただ、舞台中央での土下座はセット移動の邪魔になるからと脇に回収して移行作業は続けてもらい、頭を上げるように言う。
イリヤは慈母みたいに優しい顔でキルアちゃんの頭を撫でていた。
「大丈夫ですよ。あのおかげで最後は本当に性格の悪い貴族が演じられたじゃないですか」
「で、でも……」
「全然痛くないので平気です。誰かさんのせいで何が起きるか分からないため、いつでも対応できるように受け身は練習しています」
あのさイリヤさんや。
それを言うのにどうして私の方を見るんだろうか。どうせ私のせいだって言いたいんだろうけどそれはあんまりだと思うな。
ただ、イリヤの体には一切の怪我がないからきちんと受け身を取ったということは分かる。さすがの練度。
それよりも、と、イリヤとエルサが二人、怖い顔でキルアちゃんの肩をガシッと掴む。
「緊張していてもあの棒読みは酷いです」
「そうね。ほら、こっちにいらっしゃい。みっちり演技の基礎を叩き込んであげるわ」
「ひぇっ! 誰か助けてくださーい!」
「強くなって戻ってくるんだよ~」
キルアちゃんの悲鳴をハンカチを振って送り出したイレーネ様。そして、エルサに連れて行かれるキルアちゃん。
彼女はきっと無事に戻ってくる。うん、そう信じる。
舞台では次のシーン、お姉様が不幸な貴族令嬢の噂を聞いてどうにかしてあげようと考えるシーンが繰り広げられている。その横で、セレイナが臣下から今度開催のパーティーでの立ち振る舞いを仕込まれるシーンの同時展開だ。
中央の照明を暗くし、壁で仕切ることで素早く流してしまえというイレーネ様の手抜き。
怒られそうだと思ったけど、案外観客はすんなりとした場面展開を受け入れてくれていた。
さて、そろそろ私も準備しよう。
次は、いよいよ私が一番嫌いなシーン。イリヤをこれでもかといじめ抜くシーンだ。憂鬱。
転生少女のゆるゆる異世界百合生活 黒百合咲夜 @mk1016
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