第49話 <演劇その1です!>
昔々あるところに、とある少女が暮らしていました。
貴族の家に生まれた少女はとても心優しく、町の人にも森の動物たちにも好かれていたのです。
ところが、そんな少女を快く思わない者たちもいました。それが、少女の母親や姉たちです。
というのも、少女が生まれてから当主の男性は少女を可愛がってばかり。それが母も姉も許せなかったのです。
そこで、最初に姉が発端となり少女に嫌がらせをするようになり、母たちもそれに続くようになりました。
そして、そんな嫌がらせは今日も続きます。
◆◆◆◆◆
さて、導入のナレーションが終わった。
いよいよ劇が始まるから緊張する~。特に、イレーネ様から冒頭でどれだけ私がヘイトを集められるかが後半の盛り上がりに影響するって強く言われたからなおさらね。
イリヤと私が舞台中央で待機し、幕が開く瞬間を待つ。
遠慮せずとイリヤは言っていたけど、開幕早々ビンタを本気でやるのはちょっと私の心が許せない。ここは、ごまかせるように軽く触れる程度に抑え、音だけは空気操作の魔法を利用して派手に鳴らそう。イリヤなら私の意図にもすぐに気が付くはず。
灯りが点き、幕が開ける。さぁ、劇の始まりだ!
半分ほど開いた辺りでイリヤの胸ぐらを掴み、勢いだけは立派なヘロヘロビンタをかます。
右頬に当たった瞬間、乾いた破裂音を響かせて手を離す。
一秒にも満たない時間イリヤが止まったけど、すぐに理解して派手に倒れた。顔を押さえるようにして吹っ飛び、机に突っ込むという迫真の演技に観客が息を呑んだのが分かる。
というかやりすぎじゃない? 私にとってもこの後の台詞が吹っ飛ぶレベルの衝撃なんだけど。
っと。それでも呆けていてはいけない。
イリヤが潤んだ瞳で恐怖を訴えるように見上げてくる。ここでイリヤから台詞が入って私が意地悪く返さないと。
「や、やめてお姉様……! もう、痛いのは嫌……!」
「はっ! いつからそんな生意気な口をきくようになったんだい!?」
髪を乱雑に掴み(そういう振りで許して……)、引き倒すように床へと投げる。置かれていた空のバケツを手に取って中身をイリヤにぶちまけた。
イメージを投影する魔法を利用して、まるで水がかけられたような演出を見せる。私の魔力負担が尋常じゃないけど、イリヤがびしょ濡れになったかのように幻覚魔法で見せることも忘れない。
蹲るイリヤの顔すれすれを踏みつけるようにしてさっと踵を返す。
「床が濡れちゃったじゃないの。きちんと掃除しておかないと、今日の夕食はカビたパンだけにするからね!」
「は、はい……」
「もっとはっきり返事しなさい!」
理不尽なビンタをお見舞いし、扇子を広げる。
「あんたみたいなドブ女は、汚れた泥水がお似合いよ! オーホッホッホッホッホッホッ!」
高らかな私の笑い声と共に幕が引いていく。
三つのスポットライトを浴びて注目を浴びる私の姿は完全な悪役令嬢。良心の痛烈なダメージと共に完璧な演技を披露できたように思う。
会場からは拍手の嵐。演技力を評価してもらえているのだと思う。
ここからもどんどんクズムーヴをかましていかないとね。最後にスッキリしてもらうにはたくさんやらないと。
あーでも、これ以上イリヤに何かやりたくないよ~。もう少ししたら往復ビンタして下水に顔を沈めるシーンがあるんだもの。
やっぱりこれ書いた作者許せねぇわ。イレーネ様は書き換えただけだけど、ここまでやるとは思えないから絶対に原案は何世代か前の勇者だと思うの。
某サイトはこういうの人気出そうだけど、かなり攻めてるなぁ。
完全に幕が引き、次の場面へと移行するために舞台道具の交換が行われる。
「ふぅ~」
「お疲れ様ですリリ。素晴らしい演技でした」
「ありがとイリヤ。イリヤこそすごい演技で驚いたわよ」
「リリの側にいるためにどんなことでもできるようにしてきましたから」
痺れる台詞をさらっと言えちゃうイリヤが格好いい……!
嬉しいことを言ってもらえて頬が緩む。でも、ぐっと引き締めて咳払いで気持ちを落ち着かせる。
「にしても、あんなすぐによく対応してくれたね。アドリブ強めだったのに」
「リリなら絶対に私を本気で叩かないだろうと思って身構えてましたから。音には驚きましたが」
「そっか~。読まれてたか」
行動を先読みしてくるほど信頼関係が築けている。もう一心同体ね。
イリヤが次の場面のために舞台へと向かっていく。キルアちゃんも同じく舞台袖で待機し、協力してくれる皆が舞台で待機する。
次の場面は、町中で買い物をしていたらもう一人の姉が偶然居合わせてねちねち嫌味を言うシーンだったわね。優しいキルアちゃんに嫌味とか言えるのかしら?
そう思っていると、幕が上がった。第二場面が始まる。
劇はまだまだこれから。気合い入れて続きをどうぞ!
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