7 だからずっとそう言ってるじゃん




 ――思うに、「夢」とは、脳が記憶を整理する際に生じる「整理する瞬間」を映像化したものだ。


 整理する瞬間とは、たとえるなら、本を本棚に収める工程――ばらばらに積まれた本を一冊ずつ手にとって、その表紙を確かめ、時には中身を確認して、それからその本に相応しい位置を選び、収める。

 文章を読み、そのシーンを想像し脳内で映像化するように、脳は夢というかたちで記憶を映像化し、その人に追体験させる――それが整理する瞬間。夢とはそうして記憶を整理している途中であるため、様々な記憶シーンが混在している。時系列もめちゃくちゃに錯綜しているから荒唐無稽に感じるが、それは複数の本を同時に開き、異なるシーンを交互に読み進めるようなものだ。


 眠る前に経験したこと、感じたこと、思ったこと……そうした一切を、睡眠中に脳がまとめる工程で見るのが、夢。


 そして目覚めた時には整理が済んでいて、「昨日の体験」という本はしっかりと本棚に収まっている。必要に応じて取り出し、その体験を思い出すことが出来るようになっている。


 陽木ようぎ蒼詩そうたは「夢」というものをそういう風に考えている。


 実際、目覚めたときに夢の内容を覚えていると、その内容は現実に覚えのある出来事をミックスしたようなものが多い。

 特に眠る前、つまり前日に体験したことや思ったことが手を変え品を変え、時には直接的に、時には部分的に重なりあって、様々なかたち、アプローチで夢に出てくるのだ。

 現実に経験した出来事と、その日ドラマで見たシーンが重なって、たとえばドラマの一場面に見知った人物たちがいる……といったような夢を見ることもある。


 今朝見た悪夢でいえば――生活の大部分を過ごす「学校」が「舞台」になってこそいたが、「千月ちづき」を探す」という行為自体は昨日蒼詩が実際に経験したことだ。場所は違うが、とにかく千月を探していた。そのイメージが夢に表れたのだろう。


 目覚めてから時間が経っているので事細かくは憶えていないが、他にも現実に思い当たるシーンはあった。恐らく、寝る前にここ数か月の出来事を思い返していたことが理由だろう。

 時系列がだいぶ混沌としていた気もするが、それはいわば、映像化するに当たって、ノンフィクション小説を面白おかしく脚色するようなものだ。


(夢にエンタメは求めていないのだが……)


 しかし蒼詩はこうも思う。眠ること、夢を見ることとは、人間にとって、あるいは他の夢見る生物にとって、最高の娯楽、快楽の一つなのではないか、と。

 なにせ、現実には経験できないような出来事を体験することが出来るのだ。映画を観たりゲームをするよりも、さらに真に迫ったフィクションを、身をもって感じることが出来る――少なくとも、夢のなかの自分にとってその経験は、何よりのリアルなのである。

 ただ、目が覚めてから、現実との落差を思い知って気落ちすることもあるが。


 だからというわけではないが、蒼詩はよくその日に見た夢の内容を反芻する。さすがに日記をつけたりはしないし、気付けば忘れているものの、まだ起きて間もない朝の通学路ではよくそうした物思いにふけっている。


(まあ、今朝のはあまり思い出したいものじゃないけど――)


 だって、悪夢だ。自分が殺される夢を見た。夢だからか、ナイフを刺され、食べやすいサイズにカットされていく瞬間にもまだ意識があった気がする。食べられていく自分を見つめていた。とても恐ろしい体験をした。


 そういう訳で面白くはないのだが――だからこそ、というべきか。


 どうしてそんな夢を見てしまったのか、陽木蒼詩はそれが気になって仕方がない。


(喰われるのはまあ、昨日見た映画の影響だよな……。なんで倉里くらりさんに食べられたのかはさておき、配役は妥当ではある……)


 夢とは記憶の整理であると蒼詩は考える。

 だからこそ、整理された結果、導き出される「結果」を夢見ることもあるのではないか、と。


 未来予知だとか予知夢だと言うと途端に胡散臭くなるものの――現実に、蓄積された過去のデータと現状の推移を基にして、今後の展開をグラフや数値化する、つまり未来を「予測」することが出来る。

 精度の高い情報を集めれば、そこからより確度のある未来を予測することも――「予知」することも、可能なのではないか。


 いわゆる既視感デジャヴも、あるいは夢の中で整理された情報から導き出された未来を、その夢を忘れたころに現実で経験した結果起こるものなのではないか……。


 あぁ、こんなこと前にもあったな、と――そう気づいた時にはもう、手遅れだ。



「ねえそうたん、私の話聞いてる?」



「え?」


 隣を歩いていた明咲あきさき小晴こはるに声をかけられ、ふと我に返る。

 こちらの顔を覗き込むその大きな瞳――夢のなかの光景と重なって、一瞬嫌な予感に襲われた。


 ――大丈夫。あれは夢だ。まだ、部長と小晴は遭遇していない――


「あぁ、うん……聞いてた……」


 たぶん聞いてはいたのだが、それはいつも通りの何気ないやりとりで、いわば住宅街のそこかしこで聞こえる環境音と同じだ。耳に入っても頭に入ってはこなかった。


「何か事件でも起きないかなーって話していたのですが」


「そうですねー……」


 ただ、無意識でも脳は小晴の言葉をちゃんと認識していたのだろう。

 実際に彼女の口からその言葉を聞くと、「違う」と違和感を覚えた。何か別のことを話していたはずだ、と遅れて気付くのだ。


「やっぱり聞いてなかった! せっかくひとが忠告してあげたのに!」


「悪かったよ……。ちょっと考え事してて……」


 身近な人物の言動、見聞きした情報、起こった出来事……それらをきちんと整理すれば、これから先、誰かが考え実行しようとしている何かを――身の回りで起こるかもしれないトラブルを予測し、事前に対処することが出来るかもしれない。


 時間のベクトルこそ異なるが、いわゆる名探偵の推理もこれに当たるものだ。証拠を集め、既に起こってしまった事件を紐解くように――これから起こるかもしれない事件を、予知できないか。


 あるいは今朝見た夢のなかに――今後起こり得るトラブルの片鱗が隠れてはいなかったか。


 ――パーティー、事件、ナイフ……幼い頃から夢に出てくるキーワード、シチュエーション。


 自分が死ぬ夢や、誰かが殺される夢は、たまに見る。もちろんそれが現実になったことはない。憶えていないだけかもしれないが、少なくともこれまで身の回りで夢が現実になったことはない……。


(だけど――気になるんだ。どうして……)


 どうして、彼女が殺される夢を見たのか。

 なぜ、彼女だったのか。


「……大丈夫? なんか顔色悪くない?」


「なんかすごい悪夢を見てさ……。まあそれはいいんだ。で、何? 忠告って」


「今日、抜き打ちテストあるんだって」


 それは確かにありがたい忠告だが……。


「なんでお前それ知ってんの……? 抜き打ちなのに」


「昨日しぐせんが言ってた」


「はあ……。そういえばそんなこと言ってたような……」


 無意識のうちに、大事な情報ことを掴んでいることもある。


 夢のなかにそれが表れていても、不思議ではない。


 何かが起こるという予感があって、起こり得る何かのヒントが提示されている。

 にもかかわらず――起こってからそれに気づいて、後悔したくないから。


「で? そうたんどんな夢見たの?」


「ノーコメント」


「ははん、人には言えないような夢を見た訳ですね」


 夢のなかで起こった事件について考えているなんて、馬鹿馬鹿しくて、とてもじゃないが口には出来ない。


「…………」


 事件が解決して、めでたしめでたし――そうやってきれいに終わるのは、それがフィクションだからだ。

 もしも、犯人が逆上して襲ってきたら――解決のその先に、名探偵の死があったとしたら。


 それでも彼女は、名探偵を夢見るのだろうか?



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