6 歓迎会猟奇殺人事件




「ずばり、犯人は――お前だ!」


 ビシッ! ――と、明咲あきさき小晴こはるが指さすのは、


「犯人役こっちな。あと、人を指さすな」


「ちょっとー……」


「もぐもぐもぐ」


 口に何か入っているせいか、犯人扱いされても倉里くらり昼音ひるねは微動だにしない。口だけが動いている。


「はい、犯人Xは虹上こうがみさんです。それで? お前の推理は?」


「仏さまみたいな顔で保護者面しないでよっ」


「仏頂面してるのはこっちだろ」


「……あ?」


 とりあえず、虹上を犯人Xとして話を進めよう。今回の推理ショーの焦点は二つ、「誰が群雲むらくも千月ちづきを殺したのか」「どうやってその死体を隠したか」だ。


「もう、仕方ないな……。じゃあどうやって殺し、どうやって死体を隠したのか――まず、殺すことそれ自体は誰にでも可能です。現場は密室でもなんでもなく、犯人は自由に出入りできる。問題は、そうた……陽木ようぎ蒼詩そうたが死体を目撃して以後。その瞬間から現場は疑似的な密室になります」


 現場は二階。唯一の出入り口――部室、その隣室、両方を確認できる廊下には蒼詩と、先輩二人がいた。言われてみれば確かに、いわゆる密室である。

 しかし、二階――


「窓から死体を落としたとか?」


「そうたん、口挟まないでくれる?」


 冷たく突き放された。場の空気も冷たいが、つまらないことを言ったと一番しらけているのは蒼詩自身である。


(落ち着かない。部室にいって、早く千月の無事を確認したい……)


 …………。


「犯人が死体を持ち出すことは出来ない――では、どうやって隠したのか」


 小晴の声がどこか遠く聞こえる。

 結局のところ、昼音を犯人だと言い出した時点で、小晴の推理も部長と同じ――



「犯人は、死体を食べたのです」



 …………。


「は?」


「群雲さんと倉里さんは毎日スイーツを奪い合うほどに食い意地が張っている……」


「千月はともかくだな、お前さすがにそれは、」


「その証拠に!」


 蒼詩の声を遮り、小晴は再び昼音を指さした。


「さっきからずっともぐもぐもぐやっているのはなぜか!」


「もぐもぐもぐ……、ごくり」


「証拠を呑み込もうたって、そうはいかない。そろそろ大人しく白状ゲロったらどうなの、倉里昼音さん!」


 会場ギャラリーが一瞬どよめき、そして昼音の反応を待つように静まり返る。


「……ふう」


 と、昼音が吐息を漏らした。

 そして、口を開く。



「そう、ちづ先輩を殺したのはわたし」



 …………。



(あ、分かった)



「ちづ先輩が、わたしのおやつを食べたから――でも、ちづ先輩はわたしのお腹のなか……。だからわたしが殺したという証拠はもう、どこにもない」



(これ、夢だ)



 陽木蒼詩は悟った。

 これは夢だ。でなければ、小晴の推理が当たるはずもない。


(そうだそうだ、ずっと引っかかってたんだ。どこ探しても千月がいないはずだよ。だってあいつが転校してきたのは四月の後半……そしてこの歓迎会があったのは四月半ばだ。この頃には千月は転入してきてないんだから、いなくても不思議じゃない)


 不思議と、腑に落ちる。


(むしろ、ここに倉里さんがいるのがおかしいんだ。だってこれ、1年生の歓迎会を準備してるんだぜ? 互助会ごじょかいにまだ入る前だったのに――)


 夢だ。そうだと思ったんだ。



「証拠は、ない。だから――ここにいるみんなを殺せば、『事件』は起こらない。事件がなければ、名探偵も、必要ない――」



 昼音がナイフを取り出した。



「そうた先輩も、わたしが美味しく食べてあげるね――」



 夢、そうだ夢だと、思いつつも――



「ちょっ、まぁッ――――!?」




                   ■




 …………。


「うわあぁつ!?」


 陽木蒼詩は飛び起きた。


「………………………………………………………………………………………………」


 どくどくと脈打つ心臓。チクタクとテンポよく刻まれる時計の針。どこかで鳥の鳴く声がする。

 カーテンの隙間から外の日射しが差し込んでいる――


 ――――朝だ。


 そしてここは――陽木家二階、蒼詩の自室である。


「はあ、はあ……」


 肺から口へと、何か巨大なガスの塊でも抜けて行ったかのような感覚があって、不意に息苦しさから解放されて呼吸が楽になった。

 無事を自覚した直後になって手のひらや額から汗が噴き出す。それを拭う手は冷たくなっていて、何度か握ったり開いたりを繰り返して感覚を取り戻す必要があった。


 眠っていた。

 酷い、悪夢を見ていた。


 ……夢で良かったと、心底からホッとした。


「夢……だよな?」


 思い出そうとする先から現実味が薄れて行くものの、実にリアルな――いや、この数か月の想い出そのものだったように思う。

 考えれば、ところどころおかしな点はある。夢としか言い様がないようなシーンもちらほらと……。


「は、はは……」


 明晰夢というのだろうか、途中からこれが夢だという自覚があった。そのせいか、目覚めた今この瞬間もまだ夢のなかなのではないかと自信が持てない。


 自分の頬をつねってみる。痛みはある。だけどそれすら、信用できない。


 ここは現実なのか。そもそもそれ以前に、ここは自分の部屋なのか。陽木蒼詩と言う人間は実在するのか――とまでは言わないが、果たして今この瞬間に自分が認識している記憶は、どこまでが正しいものなのか……。


(夢と記憶が混在している……。今日は何曜日だ? 学校はある……? 俺は高校生だ。2年。うん――昨日は、日曜。今日は、学校だ。起きないと……)


 だんだんと思考が正常さを取り戻す。



「蒼詩さま、生きてますか? 朝ですよ」



 今日は月曜、登校日だ。



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