第18話 二兎を追う者は



 聞き間違いだと思いたかった、だが瑠璃姫は輝く笑顔で繰り返す。


「ねぇ、ちゃんと聞いてる? 喜びなさいよ奏との仲を応援してあげるって言ってんだからっ」


「…………理由を聞いて良いか? 何の為にテメーはそんな事を言い出したんだ?」


「え、そんなの幼馴染みのよしみで、飼い主としてのメンタルケアじゃないの」


「俺が言うのもアレだけどな、こういう時は傷心に付け込んでお前に俺をゾッコンに惚れさせるってのがセオリーなんじゃねぇのか?」


「何処のセオリーよそれ、どーせアンタの少女マンガとかラブコメ少年マンガとかのお約束でしょ。くっだらない、現実にそんな甘い展開望んでるワケ?」


「お、やるか? 今すぐそっち乗り込んでセクハラ攻撃すっぞ? 少女マンガにもちょっとエッチで都合のいいラブコメにも等しく夢があるんだよッ!! ちょっとぐらい現実になったらいいなとか夢みてもいいじゃねぇかッ!!」


 ゴゴゴと怒る敦盛に、瑠璃姫は盛大な溜息を。

 そもそも、彼の失恋の原因がそこにある事に気づいているのだろうか。


「その夢を見て、大口開けて待ってるだけで奏は惚れてくれた?」


「ぐはッ!?」


「ある日突然、宇宙人とか月の精霊の女の子と知り合って同棲して、それに嫉妬した奏と急接近とかあったかしら?」


「ひぎィ!?」


「奏を陰から見守って、チャラ男に絡まれていざ助けに行って恩返しデートっていざ駆けつけて。――竜胆が先を越されたし、そもそも奏に助けは必要なかったわよね?」


「なんで知ってるんだッ!?」


「アンタのコトなんて全部お見通しよ、――書き掛けのラヴレター、完成した? ちゃんと出した? まだよね机の二段目の引き出しの奥にしまったままよね?」


「それ俺のトップシークレットォッ!?」


「は? ドコがトップシークレットだったワケ? 後ろから堂々と見てたアタシに気づかないで書いてたわよね?」


「殺せェ……いっそ殺せェエエエエ!」


「まだあるわよ? もっと言って欲しい? アタシは良いわよアンタの苦しむ顔は好きだもの」


 月明かりの下でサディスティックに笑う彼女に、敦盛は直感で答えを導き出した。

 本気だ、この極悪な幼馴染みは本気で。


「…………まさかテメー、俺を本気で哀れんでる? 失敗しても成功しても、俺が七転八倒する様をあざ笑おうと? つーか失敗前提で動いてるんじゃ――――?」


「あら、理解が早いのはペットとして好ましいわね」


「そこは幼馴染みの情とか、実は俺が好きだったとか言って慰めて俺を攻略しろよ籠絡してくれよッ!!」


「いやよ、何が悲しくてアンタのヒロインにならなきゃいけないワケ? ちょっと自惚れが激しくない? 自分の顔を鏡で見てきたら? というかセクハラ三昧の行動で好かれてるとか本気で思ってた?」


「マジトーンで言うなッ!?」


 容赦ない瑠璃姫の口撃に、敦盛のメンタルは圧殺寸前だ。


(ああもうッ、なんだコレッ、本当になんでこんな展開になってんだよォ!?)


 お隣の美少女は、幼馴染みは、敦盛に気があるんじゃないかと思っていた。

 否、期待していた。

 彼自身としても、奏に教えられた――瑠璃姫の事を実は一番優先して考えているのではないか、と。


(なんでお前は、他の女との……って、これじゃあ俺がコイツをマジで好きみたいじゃねぇかッ!!)


 福寿奏という少女は、とても魅力的な人物だ。

 意外な一面を知ったばかりだが、そこだってグッと親近感が沸いて。

 しかも彼女には、瑠璃姫との仲を応援するとの言葉を貰ったばかりだ。


(え、あれッ!? 俺、もしかして二人の女の子から押しつけ合いされてねェ!? なんかハズレ扱いされてねぇかッ!?)


 グサッ、どころではない、グチャリ、と心を押しつぶされた感覚だ。

 思わず彼はベランダの手すりを背もたれに、力なく座り込む。


(俺、は……どうすれば良いんだ?)


 早乙女敦盛は、福寿奏の事が好きだ。

 早乙女敦盛は、溝隠瑠璃姫の事が好きだ、――多分。

 そして二人からは、それぞれ違う相手との仲を応援されて。


(なんて―― 中途半端 なんだ―――― 俺は)


 愕然となる、一度に二人の女の子を好きなっていただなんて。

 不誠実極まりない、そうどこかで声がする。

 誰かを好きになる事は、ヒトとして当たり前の事だと、そうどこかで声がする。

 でも、敦盛はどちらにも頷けずに。


「――――驚いた、アンタでもそんな顔出来るのね」


「あんだよ……、からかうなら明日にしてくれ」


「バカね、そんな顔で放っておけるワケないじゃない」


「そんな顔? 俺が――」


「泣いてる」


「…………え?」


 指摘されて初めて気がついた、己が涙を流している事を。

 触れた指先に水滴がつき、じわじわと例えようの無い感情が溢れそうになってくる。

 その時だった。


「よしよし、よしよし、泣かないのあっくん」


「瑠璃姫……」


 彼女はベランダを隔てる壁、その非常用の扉を開けて。

 しゃがんで敦盛と目線を合わし、頭を優しく、とても優しく。

 頭を撫でられる感触が、なにより温かくて。

 それが一層、彼の涙を誘った。



「ま、アンタがどんな恋をしようとさ、どんな死に方をしようともね。――アタシが最後まで隣に居るわ」



「――――…………ぁ」



 まるで親友の様に優しい口振りで、幼馴染みの気安さで。

 今まで一度も見たことがない、赤子を安心させるような笑み。


(――――駄目、だ。それは―― とても 卑怯 ――――だ)


 ボッ、と敦盛の顔が赤くなる、ひゅっと音を立てて涙が止まる。


(無茶苦茶チョロいじゃねぇか俺ッ!?)


 衝動が体の奥底から沸き上がってくる感覚、今すぐに行動に移さなければ後悔する、そんな第六感。

 言葉にしなければ、今すぐに言葉にしなけばならない。


「――――? どうしたの? 風邪でも引いた? 顔が赤いし震えてきたわよ? あ、もしかしてだから凹んでたワケ? アンタも可愛いトコロが「瑠璃姫ッ!!」


 手をつかむ、その華奢な手を敦盛は両手で掴み。


「結婚してくれ、瑠璃姫ッ!! 俺の嫁になってくれッ!?」


「…………ハァっ!? 気でも狂った? アンタ奏に未練があるんじゃなかったの?」


「勿論、奏さんもまだ好きだッ!! チャンスがあれば恋人になりてぇッ!! それはそれとして、お前も好きだッ!! 愛してるって今気づいたッ!! 俺の人生に必要なのはお前だッ!!」


「おわあああああああっ!? 近い近い近いっ!? 顔近づけるなっ!? というかアンタ自分が何言ってるか理解してんのっ!? どうしてアタシが好きなのか奏が好きなのかハッキリしなさいよっ!?」


「不誠実な事を言ってるは分かってる、だが奏さんは諦めきれないし、お前を俺の人生から逃がしたら絶対に後悔する」


「~~~~~~っ!? 本気で言ってるのっ!? 仮にアタシと奏、両方とつき合えるコトになったらどうするってのよっ!?」


「その時は…………その時に決めるッ!!」


「おバカッ!! そもそも奏にはフられてるしアタシはアンタとくっつくのは心底嫌だって言ってるでしょうが~~~~~~っ!!」


 完全なノープラン、衝動の赴くまま脊髄反射でまくしたてる敦盛に彼女とていは想定外極まりない。

 どうしてこうなった、何が原因でこうなったのだ。


「嗚呼……、なんて清々しい気分なんだ。それに――お前はかなり良い女だな瑠璃姫、まるで月の女神の様だ」


「ひぇっ!? あ、あっくんが壊れたっ!? あっくんはそんなキザでダサい台詞言わないっ!! 解釈違いにも程があるわよっ!? ほら、おっぱい触る? 今なら一秒ぐらいは許すわよ?」


 ごくりと唾を飲み提案する瑠璃姫、その表情は青ざめて。

 少し前の敦盛だったら、手を伸ばしたかもしれない。

 最終的に実行せずとも、手を伸ばしただろう。

 ――――だが。


「自分を大事にしろよ瑠璃姫、テメーのおっぱいは…………俺が自分の意志でその時になったら蹂躙する」


「偽物よっ!? こんなのあっくんじゃないっ!?」


「今俺は生まれ変わったんだ……本当に大切な存在に、大切にしなきゃいけない心に気づいたからな。――宣言するぜ、俺のセクハラを喜んで受け入れるぐらいに惚れさせてやる」


「そこはセクハラ止めるって言いなさいよっ!! つーかペット! そうアンタはペットじゃないっ!! 契約違反、契約違反で借金倍額で解雇するわよ!!」


 それが、瑠璃姫に現状残された最後の一線であった。

 しかし敦盛は、情熱のこもった視線で彼女を見つめ。


「それがお前の隣に居る条件なら、そうしろ。例え親父がこさえた借金といえど何年かかってでも返してやるぜ」


「無敵かアンタはっ!?」


「そうだ、――愛に目覚めた俺は無敵だ」


 不敵に笑う彼は、しかして冷静に考えを巡らせていた。

 確かに、理由がどうあれ感情がどうであれ、彼女は敦盛に恋をしている気配は無い。

 ――ずっと隣に居たのだ、眼が開いた今ではハッキリと理解出来る。


「絶対っ、絶対にアンタと恋人にはならないし結婚だってしないわっ!! お情けでペットにしてあげてるの分かってんのっ!?」


「…………なるほど」


 このままならば、借金倍額返済という一番迂遠な道になる事は間違いなしだ。

 故に、――起死回生の一手とは。


「じゃあ勝負しようじゃないか」


「は? 勝負?」


「俺はお前のペットのまま、お前を惚れさせてみせる」


「…………アタシを煽る気? そもそも奏の事はどうするのよ」


「奏さんを争う相手は竜胆だ、それにその時はお前の好きにしろ、俺を裏切り者として刺すなり借金倍額なり自由にしてくれていい、――――ま、俺がテメーを堕として全部チャラで言いなりにさせるけどな」


 敦盛の言い草に、瑠璃姫は冷徹な目で考えて。


(…………ばっかじゃないのコイツ、アタシが好きって言わなければ良いだけじゃない)


 彼女は彼の事を異性として見ていない、そして目指している関係も、彼が望んでいるのとは別だ。

 何よりも。


「随分と自分勝手な言い分じゃない、――いいわ、乗ってあげるその勝負っ!! アタシがアンタに負けるなんてあり得ないんだからっ!!」


「へぇ、いっつも負けてるヤツが吠えるもんだな」


「はっ、最終的に大勝ちすれば良いのよ。アタシはその為に動いてるんだから」


「………………」


「………………」


 二人は睨みあって、そして同時に立ち上がる。


「惚れさせてやるからな、瑠璃姫」


「二兎を追う者は一兎をも得ず、失恋という絶望で死なないと良いわねあっくん?」


 敦盛と瑠璃姫の、新しい関係が始まったのであった。


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