第19話 申請書



 二人の関係に変化が訪れたところで、学校生活が劇的に変わる訳ではない。

 三日後、投稿した敦盛は担任教師・脇部英雄に呼び出され職員室へ。


「やぁ、呼び出してすまないね早乙女君。君に書いて欲しい書類があるんだ」


「脇部先生のお呼びなら、職員室だろうが月だろうがお供しますッ!!」


「慕われてるのは教師として嬉しいけど、ちょっと僕の事を好きすぎない?」


「いえ、脇部先生は俺の人生の師!! 俺も――脇部先生の様な臨機応変に行動できる大人に成りたいと思っていますッ」


「そこまで言われると素直に嬉しいね、さ、この書類だよ」


 脇部英雄、彼はこの倉美帝高校の卒業生であり。

 在学時には、今日まで続く伝統行事を幾つも立ち上げた伝説的OBである。

 中でも模擬結婚式やバレンタイン聖戦、天下一ベストカップル大会等々は近隣校にも影響を及ぼし。

 はたまた在学中で生徒という身分にも関わらず、結婚、妊娠出産した時に学校側からフォローする制度を作ったなど、特に恋愛面において破天荒な功績を残した人物だ。


(えーと何々? ストーカー申請書? …………うん? はい? ストーカー……申請書?)


「不思議そうな顔してるね、もしかして初耳かな?」


「いや脇部先生? これ、何ですか?」


「ああ、もしかして自覚無かったのかな?」


「俺には先生が何を言っているかが分かりません!」


 すると脇部先生は神妙な顔をして、彼の肩を叩き。


「君の恋愛は茨の道だろう、――だが話し合いとお互いの妥協点を探すことで幸せへの道が開くはずだ」


「え、俺の恋愛そんなに厳しいんですかッ!? というかどっかそんな話がッ!? というか俺の恋愛とストーカー申請書が繋がらないんですけどォ!?」


「君の事情なら簡単な話さ、前々から溝隠さんも申請出してたしね。それに噂話って、特に恋バナは教師にも伝わるってもんだよ」


「は? 瑠璃姫がこの申請書出してたんですかッ!?」


「うーん、それにしても意外だったなぁ。僕の見立てではてっきり君の方が早くこの申請書を出しそうな感じだったのに」


「俺の評価どうなってるんですッ!?」


「愛が重い系のセクハラ男だね。いやぁてっきり溝隠さんの方かと思ってたけど、彼女はカウンター目的の方だったか」


「訳わかんねぇッ!?」


 頭を抱える敦盛に、担任教師は頷いて説明を始めた。


「いいかい早乙女君、これは僕の在学前からの一種の伝統なんだけどね」


「伝統? 在学前から?」


「ウチの高校は――――ヤンデレという人種が多いんだ」


「…………は?」


「おっと、その顔は信じてない顔だね? まぁ無理もないさ、取りあえず愛が重くてストーカー行為に走る生徒が多くてねぇ……いやぁ僕も苦労したもんさっ!! あっはっはっ!」


 途端、周囲の教師から尊敬とも批判ともつかない奇妙な視線が担任に突き刺さるが、彼はそれを気にせずに。


「ま、少しでもコッチで知っておかないといざという時に対策が取れないんだ」


「ぬおおおおおおおッ、理解しましたけどッ、理解しましたけどッ!! いやそれ俺にあんま関係なくないですよねッ!?」


「いやでも、溝隠さんから頼まれちゃったし。普段の君たちの様子を見てたら、君も出しておいた方が良いよねって。――――早乙女君、いざとなったら自分の命と引き替えに交際を迫るタイプだろうし」


「畜生、あのオンナァ!! というかショックなんですが先生ッ!? 俺、マジでそんな評価なんですかッ!?」


「ふふっ、これでも在学中から色んな恋人たちを見てきたからね」


「ああもうッ、色々納得いかないけど書きますよッ、書けば良いんですよねッ、名前に学籍番号、相手の名前…………いや使用機器って何です?」


 思わず我に返った敦盛に、脇部先生はさらりと答えた。


「盗聴や盗撮する子も多くって、いっそのコトこれもコッチで管理しようかなって。結構効果あるんだ、相手に通知いくし除去手段もコッチで渡すし。――あれ? なんで早乙女君知らないの? 一年の時に書類渡したよね?」


「はあッ!? 知らないッ、俺そんなの知らないッ!?」


 実は魔窟であった校内の恋愛事情と、思わぬ事実に敦盛は混乱間近だ。


「……これはやられたね早乙女君、僕からも伝えておくけど溝隠さんにペナルティ一つ、後一回で処分下されるって言っておいて」


「ちなみに処分って?」


「最悪で警察行き、軽くて停学、ほぼ無傷で反省文。これに関しては君の気持ち一つだから、よーく考えるように」


「あ、思ったより容赦のない制度なんですね」


「愛という言葉で言い繕っても、犯罪は犯罪だからね。…………はぁ、僕がどれだけ苦労したと。いや早乙女君には関係ない話だった」


「超気になるんですが?」


「コツは独占欲をどう意識改革させるか、これに尽きるんだ。――早乙女君は人事じゃないからね?」


「いや盗聴されてたの俺なんすけど?」


「そこが気になる所なんだよねぇ……」


 考え込む担任教師に、敦盛としては何処が気になるのかが分からない。

 瑠璃姫の盗聴問題、裏を返せば彼女は敦盛に恋していたとも取れるが。


「――――注意しておくんだ早乙女君、僕の見立てでは君の恋路は本当に厳しいかもしれない」


「と言いますと?」


「あくまで推測だから話半分で聞いておいて欲しいんだけど。…………溝隠さん、君への異性的好意はゼロかもしれない」


「は?」


「福寿さんの方は、まぁ君にまったく気がないし。君がどれだけ好意を抱いても、君自身がそういう行為に及ばないタイプの感情だろうから安心だけど」


「俺、それを聞いてどうすれば良いんですッ!? 先生から見て奏さんは絶望的なのは何でなんですかッ!?」


「それは福寿さんを一番良く見ていた君が、一番理解出来るんじゃないかな。認めたくないだけでさ」


「先生、先生? ハートブロークンで死にそうなんですが?」


「ま、セクハラに注意しつつ頑張れって感じで。くれぐれも命は大切にね」


「流されたッ!? というか俺どんだけ恋愛に命かけるんですかッ!?」


 にっこり笑ってそう締めた担任に、敦盛は書類を書いて提出するしかなく。

 となれば。


(教室に戻ったら、絶対に問いつめてやるッ!!)


(ちょっと要注意案件かなぁ、いやぁこの学校は恋愛の問題が多くて困るね)


 敦盛は、全力ダッシュで教室に戻ったのであった。


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