第17話 ベランダ

※今話からメインタイトル短くしました、ご了承くださいませ。



 その日の深夜、瑠璃姫は眠れないでいた。

 お気に入りの古びたパジャマ、――すり切れても繕ってきている母の遺品の。

 よく眠れる筈の、彼女の衣服としては野暮ったいパジャマを着ているというのに、眠れない。

 原因は理解している。


「――――また、負けた」


 ギリっ、と歯ぎしりする音、コチコチ、と時計の針の音。

 起動したままのパソコンの音が妙に気に障る。

 これで通算何回目の敗北だろうか、敦盛は知らないだろう彼女が彼に負ける度に寝付けない夜を過ごしている事を。


「憎いったらありゃしない」


 現在の所、二人の関係は瑠璃姫の計画より芳しくない。

 只の幼馴染みの関係では駄目なのだ、もっともっと。


(もっと、あっくんには幸せで居て貰わなきゃならなってのに……)


 彼が福寿奏に恋している事は、入学式のその日にもう気づいていた。

 詳しく聞き出すまでもない、その日の敦盛の様子は正に恋煩いといった様子でぼーっとしていたからだ。


(――――奏にフられるのは想定済み、けど早すぎたわ)


 計算を練り直さなければならない、竜胆が瑠璃姫に好意があるとは知っていたが。

 そのベクトルや熱意までは、それに対する奏の反応までは読み切れていなかったからだ。


「ううーん、どうすればベストかなぁ……」


 ごろんごろん、とベッドを転がる。

 敦盛を籠絡するのは容易い、そんなもの裸でベッドに誘えばイチコロである。

 だが、――瑠璃姫の目指す所はそういうモノではない。


(あっくんは今、アタシを異性として意識している)


 以前の、主人とペットになる前の関係なら。

 夕方の様に誘った場合、彼は確実に性欲に負けて瑠璃姫の乳房を揉むだけに飽きたらず最後まで突き進んだだろう。

 そして良くも悪くも、心から奏の占めるスペースを瑠璃姫へと塗り替える事になった。

 そう確信している。


(でも、それは最後の手段……アタシがアイツに告白するなんて、裸で迫るなんて吐き気がするわ)


 苦々しい表情で瑠璃姫は天井を睨む、あくまで彼女は。


(あっくんの意志で、奏を諦めてほしい。……アタシの幸せの為に)


 ならばどうすれば良いか、幼馴染みと親友の間でどんな会話があったか瑠璃姫は把握している。

 この世の誰よりも勝る頭脳は、瞬時にルートを検索して。

 ――真綿で首を締める様に、早乙女敦盛といく存在に幸せを導くのだ。


(…………思い立ったら吉日って言うわね)


 瑠璃姫は立ち上がった、そして迷うことなくベランダへ。

 今の彼ならば、九割九分の確率で眠れていない筈で。

 だからきっと、――そこには、ほら。


「眠れないのあっくん? そんなに奏のコトがショックだった? ビックリだわ、アンタにそんな繊細な心があっただなんて」


「テメーも寝てねぇじゃねぇか、ウンコして寝ろぽっちゃりオンナ」


 少し驚いた顔の敦盛の姿が。

 そう、彼も眠れていなかったのだ。

 少し前まで、夕方の出来事を思い出して悶々と。


(何で今この瞬間ッ、テメェが居るんだよ瑠璃姫ェエエエエエエエエエエエエッ!!)


 然もあらん、普段から彼女にセクハラ三昧である彼だが。

 そも童貞である、裸になったのだって自棄っぱちの虚勢。

 勃起しない事に必死になっていたのに、彼女の太股の感触は柔らかく――とても良い匂い。


 すこし汗ばんだ、でもどこか甘い。

 体臭かそれとも香水でも付けているのか、ともあれ心惹かれて。


(ベランダ越しで助かったぜ……、つかコイツも親離れ出来てねぇな小母さんのパジャマじゃねーか)


 瑠璃姫が今着ているパジャマは良く覚えている、それは彼女の母が病室で着ていたお気に入りのそれだ。

 敦盛としても、その事を特段からかうつもりも無く。


「――――懐かしいな、昔は良くこうして話してたっけな」


「ええ、でもすぐにお母さんやお父さんにバレて怒られたわね」


 悪くない雰囲気だ、彼の脳裏に告白するなら今では? という考えがよぎったが。

 慌ててそれを振り払う。

 第一に、まだ奏に未練がある。

 第二に、告白するほど彼女が好きなのか自覚できていないという根本的な問題があるのだ。


「…………このままでいいか」


「は? 今のままで良いワケないでしょ? アンタはバカなの?」


「おい、今のはただの独り言だ」


「へーえ、独り言にしてはやけに大きかったけど?」


「いやあるだろ、思わずぽろっと心の声が出る時って」


「そんな感じで奏にも告白したの?」


「そんなんだったら奏さんもきっと見逃して――――ってテメェ! 誘導尋問とは汚ねぇぞッ!!」


「まさか、ただのジャブよジャブ」


「お前はジャブで俺をからかうのか?」


「だってアンタだってジャブでアタシにセクハラするでしょ?」


「真顔で言うな? 確かにそれは俺が悪いような気がするが、真顔で言うな?」


「悪いような気がする、じゃなくて明確にアンタの落ち度じゃない? ちょっと借金倍額にしてみる? 名目は上司へのセクハラ示談金」


「あ? ふざけてんのかテメー、土下座すっぞ? 足でも舐めるぞ? これからは風呂はいる時に背中流すぞ?」


「はいセクハラ~~、これで倍額ね」


 すっと目を細めて本気の表情、なまじ美人なだけに迫力がある。

 敦盛は即座に顔を引き締めて提案した、このまま攻撃を続けたら本当に実行するのが瑠璃姫という存在だ。

 故に、下手に出るまで。


「どうだろうか、交番の前でお前の名前を叫びながら謝罪オナニーして来ようと思うのだが」


「アンタにそんな度胸なんて無いわ、いっつも口先ばっかりで夕方だって揉む度胸すら無かったじゃない」


「おまッ、あんな条件突きつけといてそれはねぇだろッ!? ――――分かった、俺のチンコを揉んでいい。それで謝罪の代わりにしてくれ」


「あっそ、キンタマ潰していいならそうするけど?」


「念のために言うが、俺の自慢のゴールデンボールが潰れた場合。新しい扉を開いて名実ともに変態ペットとなるがよろしいか? 覚悟は出来てるな俺は全然出来てないッ!!」


「そこは覚悟が出来てるって言いなさいよッ!!」


「お後がよろしい様で、ではこれにて御免候。今宵のパンツを教えてくれないと夜中忍び込んでスマホで撮る」


「今ノーパンだけど?」


「え、ま、マジでッ!? るるるるる瑠璃姫さんッ!? それ反則じゃないッ!? 意識しちゃうよ俺ッ!? 今すぐ嘘だって言わないと、これから三十分間お前の名前が荒い吐息とともに聞こえてきちゃうぜッ?」


「ウソに決まってるでしょ、本当は黒のレース」


「ヤメロォ!? ちょっと期待しちゃうような事を言うんじゃありませんッ!?」


 器用にも小声で叫ぶ敦盛に、瑠璃姫は呆れた視線で言い放った。


「ばーか、それよりアンタに用があるからベランダに来たのよ。とっとと本題に入らせなさい」


「用? 明日じゃ駄目なのか? もう寝ないと朝起きれなくなるだろうが」


「…………よく聞きなさいあっくん。アタシ考えたの」


「何を」


「アンタの恋を応援しようって」


「――――――は?」


「聞こえなかった? ならもう一度言うわ、……一度フられたぐらいで引き下がるなんてアンタらしくない、でもアンタだけだと同じコトの繰り返しでしょ」


「お、おい? 何を言って……」


「だからね、アンタと奏が恋人になれる様にアタシが協力してあげるっ!!」


 またも予想すらしなかった言葉に、敦盛は目を丸くして口を大きく開けたのだった。


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