ショーキューと猫


 {ガサガサ}


 僕達が登山道へと復帰したらすぐに反対側の茂みが激しく揺れ始めた! まさか!


 「でたっ!」


 「クマだっ!」

 「猫?」


 「へ!?」×2


 なぜか東は僕と違う方向を向いている。これだけ大きな音がすれば普通は気付くだろう? つか、今はそんなことを考えている場合ではない! なんとかしなければ!


 「ヤバイ東! こっちくるぞ!」


 ところが! 


 「う……うん? あ、あら三河く……ってギャアァァァァァァァァァァァッ!」


 この緊迫した状態にエビちゃんが目を覚ました。なんというバッドタイミング!


 「な、なんだよ不雷先生、暴れるなよ!」


 「ババババババカ海道君! ああああれあれあれ見てえぇぇぇぇっ!」


 どうやらエビちゃんも熊を認識、その慌てぶりから間違いない。でも東は……


 「なんだよ先生、なにもいないじゃないか! 騒ぐから猫が逃げて……あっ!」


 「キャアァァァァァァァァァァッ!」


 {ゴツン!}


 パニくったエビちゃんは東に担がれたままの状態で大暴れ! 登山道だということもあって、バランスを崩したところで拳大の石ころを踏んだ東はスッテンコロリン盛大にこけた。この時互いに頭をぶつけたのか、そのまま気絶しらたしい。幸い山側へ倒れたから、斜面にもたれかかるような状態で見たところ怪我とかもしてなさそう。よかった……じゃないや! 今はそれよりもクマ!


 「うわぁっ!」


 二人に気を取られてしまい、クマへの注意が疎かになっていた僕は、慌てて前を向くも時すでに遅し。二本足で立ちあがり、両腕を大きく広げたクマ独特の攻撃ポーズが目に入ると同時に覆いかぶさるよう襲われた。 



 あれからどれだけの時間が流れたのだろう。波にぷかぷか浮かんで心地よく揺れる夢を……


 「……じん! ……主人! ……目を開けろよ主人!」


 「……うーん」


 どうやら揺れていたのは波のせいではなく、体を揺らされていたからだったようだ。ゆっくりと瞼を開けてピントが合うと、そこにはドーラとミラカーの顔が。


 「あれ? どうしたの二人とも……あっ!」


 彼女達を見て咄嗟に飛び起きると、改めて辺りを見渡す。


 「あーあ……」


 そう、戻ってしまったのだ。アオジョリーナ・ジョリ―村のある歌舞伎山登山道へ。そんな中、呆然と立ち尽くす僕に巨大な塊が近づいてきた。


 「おろろろーん! 三河さーん! 怖かったクマー!」


 ベアアップ族長のショーキューである。ハテ? 彼は残って青ジョリの家を直すよう命じたはずだが?


 「急に知らない場所に出て怖かったクマー! 三河さんに抱き着いたら戻ってこれたクマー!」


 「!」


 どゆこと? 確かに向こうでクマに襲われたけど、ショーキューみたいにデカくなかった。寧ろ普通のクマより少し大きいぐらいにしか……。


 「三河さんが忘れた弁当届けようと思ったクマー! 少しでも早く追いつこうと山の斜面を直接登ってたんだクマー!」


 なるほど、元はこの山で生息していたから近道も知ってるってワケか。


 「登り始めて直ぐに三河さん一行へと追い付いたんでクマー。勢い余ってつい追い越し、振り返ったら……」


 「振り返ったら……?」

 {ゴキュ}


 「変な石ッコロに躓いてそのまま大木へ直撃したクマー……」


 「…………」


 そこからの出来事を聞いてみると、どうやらそこで意識を失ったらしい。そして目が覚めるとまるっきり風景や臭いが違うのに気が付いたそうなのだ。僕から見れば同じような森なのに、ショーキューは一目で違うと分かったって言っている。なぜならどこにもあの向日葵が生えて無かったから。群生してないにしろ、必ず山林ではあちらこちらで咲いているはずだという。それが全く見当たらなかったからすぐに知らない場所と理解したらしい。


 「で、三河さん達を見かけたのでそっちへと走ったでクマー」


 「えぇっ!? あれってジョーキューだったの? 全然今と大きさ違うじゃん! 見た目まるっきりあっちのクマだったし!?」


 「そうなんでクマー? 自分ではよく分からなかったでクマー」


 「ショーキューが僕に抱き着こうとしたわけかー。てっきり襲われたかと思ったよ……あ!」


 ここで漸く思い出した事実。


 「そういえば東は? エビちゃんどこ!?」


 「主人は何を言っている? 頭打ってパーになったのか? 東ってなんだ? エビとは食いもんか?」


 「!」


 二人はこの世界に来ていない。まさか戻ったのは僕だけ? それにしてもおかしいな? ドーラがエビちゃんを知らないのは当たり前だが、東もだなんて!? ここまで一緒に登ってきたはずだろう?


 「ねぇショーキュー、僕の他にもう一人いたの覚えてる?」


 「お友達の海道さんと担がれていたメスのことでクマー? あ、言われてみれば海道さんいないでクマー」


 うーむ。様々な検証をするつもりが逆に謎だらけとなってしまったぞ? しかも東を失ってしまったし。このままこの場所に留まると、次また何が起きるか分かったもんじゃないな。今度は一人だから相談する相手もいないし、これ以上は危険か。一旦山を下りるとするかな。


 

 こうして僕達は殆ど収穫の無いまま、一旦アオジョリーナ・ジョリ―村へと引き返すことに。それにしても東の消失は大ダメージだな……。ハァ。



 ――――――――――――――――――――――


 「それは本当ですか三河君っ!?」


 「……とりあえず服を着なよモッチー」


 一度元の世界に戻ったものの、不思議とこちらでは殆ど時間が経っていない。先にショーキューだけ山を下りて貰い、村の中心へと縛られたモッチーの開放をお願いした。その後青ジョリの家で落ち合う事としたのだが、ここでもあり得ない状況に。


 「僕が山へ行ってそれ程経ってないんじゃなかったっけ? なのになんでもう青ジョリの家は直ってんの? しかも中世に出てくる貴族のお屋敷みたいな大きさだし。ってかもうお城じゃんコレ!」


 しかもそれだけではない。街並みが変っているのだ! 言っても先ほどまではちょっとしたヨーロッパの田舎町ぐらいであったが、今は完全に城下町。小高い丘の上にある青ジョリの家を囲むように街が出来上がっているのだ! しかもその外周はぐるりと壁に囲まれた城塞都市ではないか! ……一体なにから守ってるのやら?


 「これはおかしなことを言いますね三河君は? ブルーの家は元からこうだったではないですか?」


 「マジかモッチー!? ……マジかよ」


 なにがどうなってる? 僕は本当にパーとなってしまった?


 「あのクマ……」


 そんな時、ショーキューが僕の近くへやってきて、耳元でこう囁いた。


 「なんか皆変でクマ。どうにも話がかみ合わないんでクマ」


 「えぇっ!? もしかしてショーキューも?」


 となれば元の世界に戻った僕とショーキューだけがこの世界でイレギュラーとなっている? それだと辻褄が合う。って事は、僕達が今いるアオジョリーナ・ジョリ―村は別の世界線? うおぉぉっ! ワケがわからんっ!


 

 いつの間にやら世界が変化しているのに動揺を隠せない僕とショーキュー。そもそも僕達だって元々は別世界で暮らしている。そんな二人が一部とはいえ記憶を共有しているだなんてなんとも不思議な気分。今回はヤキを置いていったのが大失敗だったなぁ。

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