現実世界と異世界


 「あいったぁーっ!」


 激しい衝撃を受け地面へ頭から叩きつけられた。半身起き上がり、目の周りをチカチカと星が舞う中、状況を呑み込むために辺りを見回す。


 「うーん……ドーラ? ちょっとミラカー? どこ?」


 彼女達の名前を呼ぶも返事がない。そうこうしているうちにだんだんと意識もはっきりしてきた。改めて周りをよーく見ると……


 「あれっ? ここって? ……あっ!」


 もしかするとここは僕達が熊に襲われた地点ではないか? なぜなら後方数めメートル下で二人の人物が倒れていたから。あれは……


 「東! それとエビちゃんっ!」


 間違いない。なぜなら東の着ている服はアオジョリーナ・ジョリ―村で出会った時と同じだから。


 「ちょ、ちょっと大丈夫?」


 慌てて二人のもとに駆け寄るも、ガッツリ失神している二人。エビちゃんなんて泡吹いてるし。もしかしてヤバイ状況じゃ?


 「あー……う、うん……うん!?」


 「お! 気が付いたか東!」


 「あ、あれ? 三河?」


 どうやら大したことなさそう。本当に良かった。


 「なにがどうなったの俺? ってか、ここどこよ?」


 「どうやら元の世界に戻ったらしいよ東」


 「マジ!?」


 「マジ」


 僕は泡吹いて倒れるエビちゃん指さした。山ガールならぬ転んで泥ガールとなった悲しい姿の彼女を。


 「不雷先生じゃんか! マジかよ?」


 「おい東、エビちゃんの腕時計見てみろよ。この時間に覚えある? 僕はガラケーを時計代わりにしているし、今回だって時間など気にもしていないからあの時何時だったか分かんないんだよ」


 「たしか俺が登山口にいた時、スマホで家に連絡したのが8時半ぐらいだったから……」


 「エビちゃんの時計は9時前を指してるな。となれば完全にあの時のままって事? 異世界トリップしてからまだ殆ど時間が経過してない?」


 「だな? これは一体……」


 僕が向こうの世界へ飛ばされて既に数ヶ月が経過。勿論こっちの時間ではなく、アオジョリーナ・ジョリ―村時間でだ。あっちは多少一日が早く過ぎるだけで、精々こちらとの誤差は日差四分の一程か? だから数分ってことは絶対あり得ない。ってか、もしかして数秒しか経過してないのでは?


 「でもまぁ、無事帰ってこれてよかったじゃん三河よ。楽しい夢だったってことでいいんじゃないのか?」


 「だなー。強いて言えばヤキを向こうに残したままなんだよなー? アイツ僕と一生一緒にいるって言ってたから少し可哀そうなんだよなー」


 とはいえ、ヤキは幽霊。本来僕が他界しない限り、永遠と交わることのない存在。同情部分は多々あるものの、今の僕ではどうする事も出来ないのだ。向こうの世界へ行く手立てがないのだから。


 「ヤキには悪いけど元の世界に戻ってこられて万々歳だ! これ以上こんな場所にいるとまたいつあっちへ飛ばされるか分かったもんじゃないぞ東?」


 「だな! さっさと下山しようぜ三河!」


 「僕が荷物全部持つから東はエビちゃんを運んで」


 「おっけー!」


 東はまるでマグロを背負うようにエビちゃんを担ぎ上げた。さすが魚屋の息子、いろんな意味でマグロの扱い方が上手い。


 「あーあ、こんなに散らばして……」


 僕は地面に落ちている東とエビちゃんの荷物を拾い集める。悲しいかな、マイリュックはこの世界にない。置いて来ちゃったし。


 「でもよー三河、お前の言ってる事が本当ならよ、なんで何か月も向こうにいたってぇのに服はチカチカのままなんだ? もうちょとヨレててもいいんじゃないのか?」


 「あ、ホントだ。言われてみれば山登る日と同じ状態に戻ってら」


 一応登山とのことでリュックには雨対策のパーカーや着替えなどが入っていた。それでも殆ど使用することなく毎日を同じ格好で過ごしていたのだ。多分皆が臭くて鼻がパーになり、汚れなど気にならなかったんだと思う。


 「あっ! そうだ!」


 僕は思い出したように自分のポケットに手を突っ込んで弄ると……


 「なんだこれ?」


 小さな向日葵を一杯摘んでポケットへと納めていたのだが、出て来たのは黄色い粉。まるでそのまま風化してしまったような状態に物質変化。


 「こっちの世界にあった物は持って行けたけど、逆はできないんだな」


 「あー、お前ちいさな向日葵一杯摘みとってたもんな? そもそもあれのおかげでこうして戻れたワケだし」


 いや違う。向日葵の爆発はあくまでも切っ掛けで、重要なのはそこで猫らしき動物に出くわしたこと。ドーラ達はあんな動物向こうの世界にはいないと言っていた。ならばキーである猫は間違いなくこっちの世界の生物。そして例のポイント付近で気絶するのがもう一つの鍵。うーむ……。


 「あっ! おい三河よ! あれ見てみろよ」


 東は何かを見つけ、顔の動きと視線でソレを知らせる。なにせ大荷物を担いでいるから両手が塞がったままだし。


 「やや!? あれはお墓? ちょっと違うか?」


 そこには石で作られた造形物がひっそりと置いてあった。しかも付近に花やミカンなどのお供えらしきものと一緒に。最後はいつ置かれたのか分からないが、それ等は乾燥してミイラのようになって放置されていたのが妙に切なく感じる。


 「なんだろう? 相当古いのか、なんの形をしているのかさえ分からないな。 よく山には登山者に事故が無いよう祠やお地蔵さんなどが祭ってあるって言うよね。もしかしてその類?」


 「それにしたって酷いなー? 完全放置じゃね?」


 「だねー」


 「そうだ! せっかくだから……」


 東は何を思ったのか担いでいるエビちゃんを降ろし、彼女のリュックにあるサイドポケットから水の入ったペットボトルを手に取った。そして石像へと近寄り、徐に上からかけると、今度は自身のポケットからハンドタオルを取り出してごしごし磨き始める。


 「こんな状態だから俺等あんな目にあったんじゃねーの? どうせだからキレイにしてやろうぜ」


 「お前は本当にいい奴だなー東よ。エビちゃんに爪の垢でも煎じて飲ませてみたら? あっと、僕も手伝うよ」


 この後クダラナイ話をしながらも、二人はせっせとその石像を磨き、それがなんの形をしていたのかを遂に突き止めた。


 「おい見ろよ三河! これって猫の形してね?」


 「うおぉっ! マジか東!?」


 「もしかしてこれ神様でよ、人間に罰を与える為に俺達にあんな仕打ちをしたんじゃないのか?」


 「だったらなんで僕達なのさ? 仮にそうだとしたらさ、なんでエビちゃんはこのままなの?」


 ブロイラーとコーチンの鶏会議。バカ二人では答えなど出るはずもない。そう思っていたが、ここで東が更にあることへと気付く。


 「なぁ三河、この猫ってなんか模様がないか? 薄っすらだけど、顔の部分に八の字が……」


 「ホントだ! これって白黒のハチワレじゃないか? 家のニャゴローと同じじゃん!」


 ここで二人はあることを思い出した。どちらの世界でも転移時には必ず猫が絡んでいるのを。しかし悲しいかな二人ともその猫を一度も見ていない。その上目撃した人物から模様を確認したこともない。あー、なんてバカなんだ!?


 「なあ東よ。これ以上この場所に留まってるとまた何か起きるんじゃないの? 僕の第六感がそう告げてくるんだけど」


 「だな。俺もそう思ってた。なんかいやーな予感がするんだよ」


 猫の事を考えれば考えるほどにその森はざわつき始める。肌には感じないのに、相当強い風が木々の枝を揺らしてガサガサ音を、太陽が出ているはずなのに辺りはどんどんと薄暗くなってゆく。


 「おい東、急げ! なんだかヤバいぞ!」


 「ちょ、ちょっと待てよ! 不雷先生が捨て身だから結構背負うのに手間がかかる……」


 僕達は慌てて登山道へと駆けおりる。もしなにかに遭遇でもすれば抵抗する手立てがない。今は最強のガーディアンであるヤキはここに居ないから。



 そして僕達は逃げる様にこの場から離れた。モッチーのことを完全に忘れ去ったまま……。

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