世界と新世界


 「そうだ! ヤキ……ヤキはどこ?」


 『……お呼びで旦那様? 大丈夫ですか? なんだか酷くお疲れのご様子で』


 よかった。てっきり消えて居なくなったと。……いや、幽霊だから本来はそれが正しいんじゃん! 心配して損した!


 『……本当に大丈夫ですか? 確かに私も悪かったと反省しております。ミラカーの体を借りて旦那様のベッドに潜り込んだこのヤキをお許しくださいませ』


 あれれ? こんな理由も変化してるの?


 「あ、あー、ごめんヤキ、そっからどうなったんだっけ? もう一回確認させて貰える?」


 『……なんだか腑に落ちないですが宜しいですよ。その後ドーラが間に入って大暴れ、私達は旦那様のお家を破壊してしまったじゃないですか。罰として私はブーに乗り移らされて町の中心で晒し者に……』


 やはりな。以前とは微妙に違っているところがあれば、あり得ない程変化している場所まで様々。もうこれ完全に別世界だな。


 「ところで東は? あいつ何処にいるのかな?」


 『……東? 東って旦那様のお友達のあの海道さん? あの人は元の世界にいるんじゃないですか? お誘いしても断られていた……あれ? そう言えばこっちでお見かけしたようなそうでないような? ……なんか変な感じ』


 今回ヤキは一緒に元の世界へ戻らなかったから、変化した今ある世界線の記憶となっているはず。そこに東は登場しない。だけど彼女からは、いたようないなかったようなとの曖昧な答えが返ってきた。ヤキは不確定な存在だからメモリー書き換えが失敗? まさかな……。


 「東って三河君の今の同級生ですよね? 君の記憶では彼がこっちの世界へ来たと……うーむ、少々お話を伺ってもいいですか?」


 モッチーは僕の言いたいことを汲み取ったらしい。本当は僕より遥かに賢いんじゃないのか? もしかしてワザとバカなフリをしてる?


 「あ、だったらどうしてモッチーは縛られてたの? お前関係ないんじゃ……」


 『……何言ってるんですか旦那様! このキモッチーが騒ぎに駆けつけ、私達の仲裁するふりしてお尻を触ったんですよ! ブチ切れした私達から逃げる為、ニャゴリューに乗ってこのお屋敷へと逃げ込んだんですから! まあ、確かに建物を半壊させたのは私達ですけど……』


 前言撤回。やっぱりモッチーはモッチーだな。本来賢いんだけど、そのスキルポイントをエロ関係に振っているのか。宦官にしてしまえば相当優秀な人材となるんじゃないか?


 「その時の罰で曝されてたってワケか。ふーん。でもさ、ミラカーが罰を受けてないのは分かるけど、どうしてドーラもなの? そもそもヤキとドーラが原因なんじゃない?」


 『……彼女もキチンと罰を受けてますよ。キモッチーを脱がしたり柱に括り付けたのはドーラですもん。私なら自殺モンですね。実際彼女も数えきれないほど吐いてましたし』


 「いや、もうお前死んでるじゃん。自殺ってバカかよ?」


 『……んもう、旦那さまったら容赦ないんだから。……そんなとこも大好きですハイ』


 モッチー担当とはまた厳しい罰を与えたんだな僕は。そんな記憶は全くないけど。


 「おろろ? でもさ、だったらなぜ僕は山登りを?」


 「それも知らないんですか? 非常に興味深いですね。完全に今の三河君は先程まで僕達といた三河君とは別人と考えて間違いないようですね」


 「主人がキモ男を木に括る役目だけでは大した罰にならないって、歌舞伎山頂上まで登れって言ったんじゃないか? ミラカーと二人してショーキューの背中に乗せてもらいながらの監視付きで」


 「……途中転んだ。小動物に躓いて。ベアアップが。みんなゴロンゴロン!」


 おおっ! ミラカーが喋った! これは珍しいぞ? って、そんなこと言ってる場合か!


 「で、一番最初に起き上がった私が主人のとこへ……。今考えるとなんでショーキューだけ吹っ飛ばされたんだ? 森の中から出て来たし。それも泣きながらな」


 強引に辻褄の合わされている感が否めない。少なからず分かったのは、猫が鍵で、この歌舞伎山一合目中間ポイントが扉って事。そんでもって元の世界とこっちの世界を只行き来する訳ではなく、その時の状況で世界線すら変ってしまう事。なによりも問題は記憶の操作がな……。なんだか面倒になってきた。


 「でも三河君、君が一旦元の世界へ戻れたってのなら確実に戻れる方法もあるってワケですよね? コイツさえ分かればコッチと元の世界への行き来が自由となるんじゃないですか? 僕は結構こっちの世界も好きですしね!」


 「そうかもねー。あ、そうだモッチー、お前には僕が今回体験した全てを教えておくよ。一応同じ異世界人仲間として」


 「仲間だなんて! か、感激です三河君っ! グスッ」


 「泣くなよモッチー。いくら誰からも友達扱いされなく寂しいからって……そんな自分が僕から仲間宣言貰ったからって。あ、でも家ぶっ壊したから只の知り合いに降格かな? なーモッチー?」


 「!」


 そんな冗談も交えつつ、この後青ジョリん家の一室を借りて、僕の知りうる全てをモッチーへと伝えた。同時に彼の知っている現世界線での出来事も教えて貰う事に。



 「そうかー。やはり最初は青ジョリの家一軒から始まったんだ。それにしても凄く町の成長速くない?」


 「そこなんですよ三河君! 不思議とこの島以外の場所から次々と生物が集まってですね、爆発的に人口も増加、その結果がこの街です。悲しいかなそうなれば招かれざるお客も来ましてね、それでは危ないからって城壁をこしらえたんですよ。実際攻撃してきた輩もいましたし」


 うーむ、話が長すぎて〝爆発的〟の辺りで飽きてしまい、キチンと聞いていなかった。まあ何とかなるだろう。しかし僕の知っているタイムリープものだとバタフライエフェクト効果でズレた記憶は強引に脳内へと押し込まれるパターンが殆どを占める。やはりあれらは物語であって現実とは程遠いってことなのか。今、僕が感じ得ているものこそが事実であり紛れも無いタイムリープ! 向こうへ帰ったら本でも書こうかな? なんちゃって。


 「それとですね三河君、君の話を聞く限り、こちらでどれだけ時が過ぎようと元の世界へ戻ればあの登山道へ戻されるってことでいいんですよね?」


 「タブンそう思う。仮に時間経過を伴っていたとしても、それは数秒ないし数分じゃないかな?」


 「ってことはですよ、ここで人生を目一杯満喫しても、元の世界に戻れば再び夏休みからやり直せるってことなんですよ!」


 「まあそうなるね」


 確かにモッチーの話す内容は理に適っている。しかしこちらで死んでしまったら? 例えばそれは事故かも知れない。或は寿命を全うしての成就かも。それでもあの夏休みからやり直せるのであれば、これは完全なご褒美。人生の経験に於いて箔をつける以外の何物でもない。しかも遅ればせながら夏休みは確実にやってくる。


 「問題はどうすれば元の世界に戻れるかなんですよね。それさえ確立させてしまえばこっちの世界を寿命ギリギリまでエンジョイできるのですが……」


 なんとも前向きだなオイ? 普通なら直ぐにでも元の世界へ戻りたいのと違う? 非常に怪しいモッチーの言葉。その証拠に彼は今、その顔が猛烈ニヤけて反吐が出るぐらいキモい! オェッ!


 『……旦那様は覚えていない、いや、記憶がないみたいだから申し上げますけど……最後に攻めて来たのが女性ばかりの集団でして、俗にいうアマゾネス? ってやつみたいなんです。ォェッ』


 やっぱりか! そんなことだろうと思った! でなけりゃモッチーがあんな態度をとるワケがない!


 「モッチーは本当にキモイな?」


 「ハァ? 突然何を言い出すんですか三河君は? それとそれは最高の誉め言葉として受けとめましょう」


 「…………」



 こうして少しずつ謎が解き明かされていくも、依然確実に戻る方法は不明のまま。モッチーを見習ってこの世界を堪能するのもアリかなと思う僕だった。

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