エピローグ~夢から醒めたら~

 気が付くと、多恵はゴーグルをつけたまま、アパートの畳の上であおむけに寝転んでいた。

 起き上がった多恵は、鏡で自分の姿を見直した。

 そこには、薄汚れた寝間着を着込み、白髪交じりの髪と皺だらけの顔をした多恵が写っていた。

 どうやら、仁平とキスした所でちょうど日付が変わってしまい、VRの効果が途切れてしまったようだ。


「あーあ……楽しかったのに。終わっちゃったのか」


 多恵は残念がると、ゴーグルを外して自分の手の上に置き、つかの間の時間旅行の余韻に浸った。


「まるでシンデレラみたい。十二時を過ぎたら現実に戻されちゃうなんて」


 そう呟くと、多恵はクスっと笑いながら、守からの誕生日プレゼントのゴーグルを、送られてきた箱の中に詰め直した。

 守の大好きな甘夏柑と、手書きのお礼の手紙を添えて。


『守、素敵なプレゼントをありがとう。この機械を使って、今もずっと忘れられなかった人に会ってきたよ。その人とは、日付が変わるぎりぎりまで一緒に楽しい時間を過ごしたの。あんなに目一杯おしゃれして、ドキドキ、ワクワクが止まらなかった一日は、生まれて初めてだった。残念ながら私の恋は実らなかったけど、あまりにも楽しくて、振られてみじめな気持ちなんてこれっぽっちも感じなかった。幼い頃から貧乏で、生きていくために遊ぶ暇もなく働いてきた私にとって、あの日への時間旅行は、何物にも代えがたい最高の誕生日プレゼントでした。私はもう十分に楽しませてもらったから、この機械は守に返すね。私と同じように、戻りたい過去がある人に使わせてあげて下さい。それでは、またね。忙しいだろうけど、たまには実家に顔を出してね。母より』



 翌朝、ゴーグルを収めた箱を郵便局で発送すると、多恵は仕事場へと向かおうとした。

 すると、道路の向こうから、ここ数日スーパーの中をうろついているあの男性が姿を現した。

 多恵はどうしたら良いか分からず、恐怖のあまりその場から動けなくなったが、男性は、多恵の顔を見ると、安堵したような表情で問いかけてきた。


「すみません、あなた……桐原 多恵さんですか?」

「はあ?なんで、私の名前を?」


 怪しげな男性はなぜか、多恵の名前を知っていた。

 その時多恵は、男性の顔を見て記憶が蘇った。

 あの彫りの深い顔つき……もしかしたら。


「あなたは…斎藤仁平?」

「そのとおり」


 多恵の想像通り、男性の正体は仁平だった。


「昔の仕事の同僚とかに、多恵がどこにいるのか聞き回ったんです。やっと出会えて良かった」

「そうなんだ……嬉しいけど、仁平には礼子がいるでしょ?」

「礼子は昨年亡くなりました。でもね、僕が本当に好きだったのは礼子じゃなかった。そのことをずっと隠しながら生きてきたけど、礼子が亡くなって、もう隠すこともなくなりました」


 そう言うと、仁平はもう片方のポケットから、チケットを取り出した。


「『オーケーズ 再結成コンサート』?」


 仁平は照れくさそうな顔をしながら、チケットを多恵に手渡した。


「オーケーズ、去年再結成したんですよ。僕ね、あの時多恵と一緒に行けなかったことがずっと心残りだったんです。もし多恵が嫌でなかったら、一緒に見に行ってほしいと思って」


 多恵の目からは、とめどなく涙が溢れ出した。


「本当にシンデレラみたい、私」

「え?何か言いました?」

「ううん、何でもないよ。オーケーズ、もちろん行くわよ。仁平と一緒にね」


 多恵は仁平の手からチケットを受け取ると、そのまま仁平の手をギュッと強く握った。


「ど、どうしたんですか!?いきなり」

「今度は離さないわよ。あなたのことを過去じゃなく、現実の恋人にしたいから」



(おわり)

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1970年のシンデレラ Youlife @youlifebaby

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