第4話 もう少しだけ、あなたと

 コンサートは、盛況の中で幕を閉じた。

 帰る人達の波に揉まれながら、仁平と多恵は公会堂の外へと歩き出した。


「楽しかったか?」

「うん、とっても」

「オースケにも会えたしな」

「まさか、手を振ってくれるなんて」

「多恵が満足してくれたなら、俺も嬉しいよ」


 そう言うと、仁平は多恵を助手席に乗せ、エンジンをかけた。

 夜八時を過ぎていたが、このまま家に帰るのは、楽しい時間が終わってしまうようで寂しかった。

 そんな多恵の気持ちを察したかのように、仁平が声を掛けてきた。


「多恵、もう少し遊んでいこうか?」

「え?もう遅い時間だけど?」

「俺はもっと遊びたいんだ。多恵だって本当はもっと遊びたいだろ?」

「うん……本当はね」

「だったら、とことん遊んで帰ろうぜ。おそらく、多恵とはもうデートできなくなると思うから」

「はあ?」


 仁平は煙草に火を付けて大きく吸い込むと、窓を開けて煙を吐きだした。


「うちの親がさ、俺が多恵とコンサートに行くって言ったら、お前はいずれ町議の娘の礼子と結婚するのに、何であんな貧しい農家の娘に会いに行くんだ!ってね」

「礼子と…結婚!?」

「そうさ。礼子の親からのたってのお願いでね。俺と礼子は来年にも結婚する予定なんだ」

「そ、そんな、ひどい……!私という彼女がいるのに?」

「ひどいだろ?でも、俺の実家は礼子の親に仕事を世話してもらってるから、頭が上がらなくて……。ごめんな多恵。デート中にこんな話、したくなかったけどさ」


 仁平は煙草を灰皿に力一杯押し当てながら、悔しそうな表情を浮かべた。

 

 多恵は、後々になって仁平と礼子が結婚したことを知り、悔しい思いをしていた。出来ることならば、この結婚を阻止したいと思っていたが、多恵の力では現実は変えられそうになかった。


「いいんだよ。私、仁平と今日こうしてデートできて、それだけで本当に嬉しかったから」


多恵は、落ち込んでいる仁平の肩にそっと寄り添った。


「それにさ、私も帰ったらきっと親に怒られて、二度とデートに行かせてもらえなくなると思う。親に言われたことを放り投げ、無断で出かけたんだもん」


仁平は多恵の言葉を聞くと、フッと軽く笑った。


「そうか。じゃあ、お互い思い残すことがないように、今夜はとことん遊ぶか!」

「うん!」


 仁平の車は、町の中心部にある飲食店がひしめく一角に停まった。

 そこには、町に唯一のゴーゴークラブがあった。


「ゴーゴー、初めてかい?」

「うん。いつか行ってみたいって思ってた。踊れないけど」


 仁平がドアを開けると、重低音のある激しいリズムの音楽が聞こえてきた。

 仕事帰りと思しき若い男女が、妖しげなライトに照らされながら、楽しそうに踊っていた。

 仁平はジャケットを脱ぐと、テーブルの上に置き、多恵の手を取ってダンスフロアへと歩み出た。


「さ、踊ろうか」

「どうやって?踊れなかったら恥ずかしいよ」

「こうやるんだ。俺の真似して動いてごらん」


 多恵は仁平の動きを真似ながら、腕や腰を動かした。

 動きがぎこちなく、顔もひきつっていたせいか、近くで踊っていたカップルに笑われてしまったが、多恵は顔を赤らめつつも、仁平の真似をしながらひたすら踊り続けた。

 踊り続けるうちに、多恵は音楽に合わせて身体を動かすことが段々楽しくなってきた。そして、いつの間にか、リズムに乗って身体がなめらかに動いていた。


「多恵、だんだんサマになってきたぞ」

「え?そ、そうかな」


 やがて、店内にはゆったりとしたバラード調の曲が流れ出した。

 店内で踊っていたカップルは、お互いに腕を絡めてゆっくりと踊りだした。

 すると仁平も、多恵の背中にそっと腕を回してきた。


「やだ……仁平、恥ずかしいじゃない」

「大丈夫。俺に身を委ねてごらん」


 仁平の体温が、洋服越しに多恵に伝わってきた。


「温かい…」


 多恵は、仁平の肩に腕を回した。

 このまま、いつまでも時間が止まってくれればいいのに。

 仁平の身体に包まれながら、そう思い続けた。


 ゴーゴークラブから表に出た時、辺りは真っ暗だった。

 仁平は腕時計に目を遣ると、

「あ、もうすぐ十二時だな。さすがにもうそろそろ、帰ろうか」

「もうすぐ……十二時!?」

「どうしたの?」

「もうすぐこの夢のような一日が終わっちゃうなんて……」

「は?」

「あ、いや、何でもないよ」


 多恵のVRは、登録した過去の一日だけしか戻ることが出来ない。

 十二時を回り、日付が変わると、多恵は再び現世に戻ることになる。


 仁平の車は、街灯も無く闇に包まれた原野をひたすら走り続けた。

 やがて、闇の中に灯りが輝く一軒家が徐々に目前に近づいてきた。


「多恵、家に着いたぞ。もうこれで、お互いデートすることも出来なくなるかもな」


 仁平が寂しそうに呟いた。

 その時、窓の外から多恵の両親の声が聞こえてきた。


『多恵はどこだ!約束も守らず、親に無断で夜中までほっつき歩きやがって』


「あはは…多分こっぴどく怒られそうだな、私」


 そう言うと、多恵は苦笑いしながら鞄を抱え、車から降りようとした。

 その時、仁平は多恵の腕を強く掴んだ。


「な、何よ!」


 仁平は多恵の顎に手を当てると、そっと顔を近づけてきた。


「多恵。本当はお前の事、大好きだ……」


 多恵の心臓は高鳴りだした。


「ごめんな、多恵。お前のことを幸せに出来なくて、本当にごめんな」

「気にしないで。私も、仁平のこと大好きだよ。今日は楽しい時間、ありがとう」


 多恵と仁平の唇は、綺麗に重なり合った。

 その瞬間、多恵の目の前は突然真っ暗になった。


「あれ!?何も見えない!折角いいところなのに~~……」

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