第4話:電車スイッチ

久しぶりの登校。Aの少々堕落した年上の友人は電車に揺られていた。先頭車両、寿司詰めにされたサラリーマンに潰されながら友人は前から後ろに流れる景色を目的もなく眺めていた。

電車が規則正しく揺れる。メトロノームのように一定のリズムを刻むそれは高架を超え踏切を超え止まらずに淡々と走り続けていた。

流れる景色も単調なものばかりだ。一定間隔で流れていく電柱。たまに飛ぶように後ろに流れていく踏切と止まってもらえなかった哀れな小さい駅。

やがてその一定のリズムが崩れた。がこん、と少しばかり大きな衝撃にサラリーマンの猛アタックを喰らう羽目になる。散々だ。友人は運転席の窓にキスをしながらそんなことを考えた。

電車が揺れた原因はすぐに分かった。線路の分岐した部分を超えた時の衝撃だ。すでに遥か後方に流れただろうY字型の線路を頭に思い浮かべてみる。

スイッチ一つで簡単に進行方向が変わる地点。あれ、それはプ◯レールの中だけの話だっけ。電車の玩具で遊ぶ幼い頃の自分をうっすらと思い浮かべながら考える。

自分の大学は分かれた線路の右側にあるが、もし右側にだけ土砂崩れが来たら?ここ最近雨の少しも降っていないはずなのに、なんとなくそんなことが気になった。いつの間にか線路の右側は田舎特有の切り立った山になっていた。前に崩れていたのをニュースで見たことがある。

もしその時自分がこの電車に乗ってたら、そしてそれが崩れることをあらかじめ自分が知ってたら?

この際自分は土砂に巻き込まれないとする。右に行けば自分は土砂崩れの後も走るなら何なりして大学に間に合う。もし電車が左に行けば電車に乗る皆も自分も無事だが、大学には間に合わない。グッバイマイ単位、そんな状態。

相も変わらず流れる景色をぼんやりと見つめながら思考を加速させる。隣にあの少女がいないだけで妙に思考が冴える。なんとなく腹が立つから帰ったらまたおやつ食べよう。確かあいつ、昨日の夜何か買ってきてたはずだ。

想像の中の自分はスイッチを持っていた。安っぽいプラスチック製のレバー。これを倒せば電車は左に進んで単位とは今生の別れになる。放っておけば単位はまだ去らないがこの潰してくるサラリーマンたちの大多数は去ることになる。どこからとは言わないが。

単位と他人の命なら、自分は間違いなく他人の命を取るだろう。スイッチを持った自分は迷わずレバーを倒した。想像上の電車は大胆に揺れながら左に曲がっていく。

じゃあ左の線路の末路が単位との別れじゃなかったら?今度は別の思考が浮かんできた。例えば、そう……。

揺られる友人の頭の中には古典的にも線路に縛られた人影が浮かんだ。何のギャグアニメだ。

その人影がこちらを向く。見慣れたその姿。自分よりも三十センチほど小さい少女。いつもの生意気さはその想像の中の彼女からは完璧にログアウトしてて。彼女の目は左に曲がった、つまり自分の方へと向かってくる電車だけを映していた。

右に曲がれば大勢の他人が死ぬ。左に曲がれば彼女が死ぬ。

「次は◯◯、◯◯駅」

マイクを通した機械的な人間の声で思考が切られる。大学の最寄駅……ではなく、その次の駅。つまり乗り過ごした。

降ります、と大声で人をかき分けて駅のホームに転がり出る。どう見ても遅刻です、本当にありがとうございました。

想像上とはいえ左に曲がる電車で遅刻を観測した。だからこれは観測者による確定された未来なのだ。ふはははは。

ダメだ、あいつの厨二病が感染った。訴訟してやる。

友人は歩き出す。ただなんとなく、電車が彼女を轢かなかったことに感謝しながらとぼとぼと隣のホームへ向かった。

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