第3話:メアリーから観る世界

「あたしとあんたの観る世界って同じだと思う?」

ある日曜日。蝉がうるさい日曜日。エアコンの代わりに扇風機に全力で頑張っていただいている日曜日。お世辞にも薄型とは言えないテレビの上に鎮座したデジタル温度計は39.7度を叩き出していた。人間ならインフルレベルじゃないか。冷凍庫から出したてのカップアイスを握りしめたAは、暑さでとうとうおかしくなったのか、そんな質問を友人に投げた。

要領を得ないAの言葉にアイスバーを貪る友人が眉をひそめた。何が言いたいのかわからない。この観測者を名乗る若干厨二病混じりの年下の友は何を言いたいのだろうか。大学で培われた知識のうち無駄なものまで総動員しても彼女の伝えたいことはわからなかった。

「あ、主観的な話ね」

困惑した友人を見てAが付け加える。それでも訳がわからないのに変わりはなかったのだが。

「またお得意の厨二ムーブか」

「うっさいバカ違うわ」

Aは手を大袈裟に振って呆れた友人の声を否定する。誰が厨二病だこの野郎、あたしはれっきとした高校生だ。

ソファに座っていたAの隣に友人が腰を下ろす。食べ終わったアイスの棒を指揮者のように振りながら友人が荒ぶるAの手を制止する。

「そうじゃなくて、もし違う人の中に自分の意識が入ってさ、そいつの主観で観る世界はきっと自分の観る世界とは違うんだろうなって思ってさ」

なんだそれは。友人は思いの外真面目そうな顔をしたAを見てその言葉を飲み込んだ。

「そうだろうな」

まず高さが違う、と友人はAの頭に手を乗せた。Aが身をよじって嫌がる。立ち上がってみるとその差、約三十センチ。視界が変わるには十分な差だ。

一方のAは不満げな顔でソファから垂れた足をばたばたと揺らしていた。彼女の望む答えではなかったのかもしれない。

「あたしが言いたいのは、色とかの話」

人によって色彩感覚とか違うじゃん?と言うAに対して友人が隠しもせずに呆れ顔を晒す。

「色彩感覚は意味違うだろ」

「そうだっけ?まぁつまりそんな感じのこと」

つまりこいつは人によって見える色が違うんじゃないか、ってことを考えてたわけだ。万年厨二少女にしてはかなり現実的な悩みだ。将来に役立つかはさておき。

「だからあたしはあんたの視界も観測してみたいわけ」

眼球でもえぐってきそうな雰囲気を漂わせてAが友人を見上げる。観測者としては他人の視界から観る世界も観測しなくてはな!とドヤ顔で言い切るAを見て友人は考えを戻した。やっぱりダメだこいつ。

「つまりだな、あたしはいろんな目線からのいろんな色彩の世界を観測して学びたいわけ。アンダスタン?」

見事なカタカナ英語でカッコつけしながらAが言う。

「その『観測者』サマがいつも観てる世界と変わらないと思うけどな、だってお前の観る世界でこの世界は確定してるんだろ?か・ん・そ・く・しゃ・サ・マ?」

最後の方は余裕たっぷりに言い切ってやるとAが悔しそうな顔をする。痛い、脛を蹴るな、脛を。

「まぁ真面目な話、面白そうな考えだとは思うけど。学ぶことがあるかどうかは謎だな」

すぐにある思考実験が思い当たったのか、Aも頷く。Aも友人も、自分が観る世界に関してはこの世の誰よりも知っている。

では、他の視点でその世界を見たとき、彼女らは何か学ぶことがあるのだろうか。

Aのアイスはいつの間にかただの甘いバニラジュースになっていた。

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