第5話:夢オチ観測者

観測者が観た事象は全てが現実の確定した事象となる。よくあるVR空間で薄い板の上を渡るアレさえも、現実世界で踏み外したのを「板から落ちた」と観測者が認識した瞬間に観測者は「板から落ちた」ことになる。つまりVR用のわずか高さ数センチの板、しかも普通に地面に置かれたそれから足を滑らせただけで致命傷になる。観測者は常に危険と隣り合わせの危ない存在なのだ。

大体そんな感じのことを隣に立つ少女は力説してみせた。その隣には木っ端微塵になった窓ガラス。自分がバイトして稼いで直すしかないよな、と彼女の友人は静かに思った。今後一ヶ月程度はおやつを奢ってもらおう。

休日、朝の八時。Aは窓ガラスが割れたことに対する全責任を自身の夢に押し付けていた。もし夢が擬人化できたとしたら今頃Aの押し付ける責任でブラックホールもびっくりのスパゲッティ状に引き伸ばされていたことだろう。

「だからほんとなんだってば。あたしは銃撃戦の夢を観て、それで窓ガラスが外から撃たれて割れたの」

真面目な顔でAが言う。この厨二病娘は信用ならない。

「何その顔、あたしに虚言癖があるとでも思ってんの?」

「その通り」

友人に正座させられたAは足が痺れるのかしかめっ面をしたままその友人を見上げていた。その顔には足以外に今の即答に対する不満も表れていることだろう。

「私は銃の音なんて聞いてない」

「それはあんたが爆睡してたからでしょ、あたしは聞いたもん」

「それはお前の夢の中の話だろ」

「だからあたしが夢で観たから現実になったんだってば」

見事なまでに平行線。同じ面上にある平行線は絶対に交わらない。女子高生と半熟ニート大学生の思考も交わることはないだろうね。Aは思った。THE・不毛だ。

「いや待て」

アスキーアートなどで表せそうな変顔をして友人がAの方を向いた。いや、本人は変顔だなどと思っていないのだろうが。

「半熟ニートとは何だ」

「一応大学には行ってるから完熟じゃなくて半熟ニート。あとあたしが半熟煮卵好きだから」

思考が声に漏れてたのか、とAが呟いた。何とも勝手な名称だ。正直言ってやめてほしい。友人がAの頬をいつか彼女がしたように掴んで引き伸ばす。若さゆえのもちもち肌はかなり伸びた。

「ひぇもひゃあ」

でもさ、とでも言おうとしたのだろうか。友人は伸びたもち肌を黙って解放した。

「もしかしたらこの世界はあたしが観てる夢なのかもしれないよ」

そんなわけあるか、と食い気味に返す。Aはいつもの人を馬鹿にしたような笑みを浮かべているだけだ。感情が読めない。

「あんたにとってはここは現実。物にだって触れるし、いろんなことも起こる。でももしかしたら全部全部あたしの夢なのかもしれない」

「そんなの困る」

「どうして?」

ああ言えばこう言う。どうして、ってそんなの決まってるじゃないか。

「お前が起きたら消えるってことだろ。困る」

主に大学とか大学とか。困ることはいっぱいあるだろ、と友人が言う。Aは黙って笑っているだけだった。

「でもそれさ、証明できないよね」

Aのいつも通りの笑顔が、いつもより冷たく見えた。友人はいつの間にか立ち上がっていたAの頭を見つめる。

「ごめん、冗談だよ。さすがに夢の中で夢観れるほど器用じゃないって、あたしは」

くるりと友人に背を向けるとAは玄関へ向かう。財布は持ってるが携帯は持っていない。コンビニにでも行くのだろう。

「じゃ、アイス買ってくるわ」

窓ガラスの修理費はあたしも出せるだけ出すよ、と言い残して古い扉が軋みながら閉まった。

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