赤サギちゃんにご用心

PART5

《ルビを入力…》　彼は少し顎を上げ俺の方に顔を向けた。

　その表情は引きつっていた・・・・。と、この場合は書いてやりたいところだが、残念ながらそうじゃない。

　速水時雄、いや、”スケコマシの辰”は、まるで十年来の知己に出会ったように、満面に笑みを浮かべ、

『何だ。乾のダンナじゃないすか。こんなところに顔を出すなんて人が悪（わり）いなぁ』

　悪びれずにそう言ってのけた。

『お前に”ダンナ”呼ばわりされる謂（いわ）れはない。それにしても五年前、俺がパクって警察（サツ）に引き渡し、塀の中に落っこちて臭い飯を喰ったのに、やり口が全く変わらないとは、進歩のない男だな』

　俺の冷ややかな返答にも、奴は全くの無反応だった。

　そう、こいつは”速水時雄”なんて洒落た名前じゃない。

　本名は”権藤辰三（ごんどう・たつぞう）”といい、赤サギ、つまりは結婚詐欺専門のプロである。

　年齢（とし）だって見た目は若く見えるが30どころか、じきに50歳を越すってところに来ている。

　当り前だが貿易会社の社長なんてのもフェイクだ。見せかけに過ぎん。

（後で知ったことだが、あの銀座の事務所とやらも、管理会社を適当に言いくるめて借りていたそうだ。無論電話番の小母ちゃんとおっさん、それにチンピラ社員達は奴の本性については何も知らなかった）

　俺が知っている限りでも前科は三犯。高校を中退してからずっと赤サギ一筋できた。少年院（ネンショウ）、少年刑務所（ショウケー）と渡り歩き、そして刑務所（ムショ）という、この手の連中にはお定まりの”エリートコース”を進んできたって訳だ。

　初めて奴と出会ったのは今から丁度五年前だった。その時もやはり青年実業家を肩書にして、三人の女から大金（といっても、それほど多くはない。一人あたませいぜい二百万円がいいところだ）をくすね、四人目をひっかけようとした時、怪しんだ女性の親族から依頼されて尾行し、金を受取ろうとした現場を押さえ、警察（オマワリ）に引き渡したって訳さ。

　奴の犯罪は詐欺だけである。

　空き巣も、強盗も、ましてや傷害や殺人なんて荒事は一度もやったことがない。

（別に義賊を気取ってる訳じゃない。喧嘩と血を見るのが怖いだけだし、空き巣や強盗なんて野蛮な真似はむいてないからだと、自分でうそぶいていた。）

　詐欺の中でも特に赤サギってのは、被害者の女性が届をあまり出したがらないこともあってか、証拠が掴みにくいからな。たとえパクられてもそれほどの罪にはならない。

　奴自身これまでの前科も、一番長くてせいぜい懲役六年と三か月ってところだ。　

　まして口が達者と来ている。それを利用して塀の中ではいつも模範囚（いい子ちゃん）で通していたからな。

　満期で勤め上げたことなんか一度もない。

　大抵は仮釈放（かりしゃく）という恩典でとっとと出てくる。

　そして出てきちゃまた同じことを繰り返すって訳だ。

　俺は後ろに座っていた目つきの悪い三人組に合図をする。

　連中は警視庁（さくらだもん）の捜査二課の腕利き刑事（でか）さんたちだ。

　切れ者女史が手配をしたんだろう。

　もっともたかが私立探偵風情にいい恰好をされたのが悔しかったに違いない。俺に向かって苦虫をかみつぶしたような表情（かお）を向けながら、スケコマシ野郎に手錠（ワッパ）を打った。

『今度は間違いなく満期だと思うぜ。当分は出てこれないんだからな。その前に彼女に何か言っておくことがあるだろう？』

　辰は刑事に促されて歩き出そうとした時、俺にそう言われて、

『残念でしたな。お嬢さん。そういう訳です。アディオス』

　にやりと笑ってウィンクをして見せた。