第35話 訃報と礼状

 祖母は元々北国の生まれだ。

 還暦を過ぎて上京した。

 労働を嫌った私の父が、祖母の資産や年金を頼って呼びよせたのだ。

 海軍上等兵曹だった祖母の夫は、マラリア感染が元で◯スマルク諸島の海に散った。

 できのいい息子二人は、結核と客死で夭逝した。

 できの悪い長兄の父は、彼らが亡くなると、がぜん祖母に溺愛された。

 それで、父の精神はずいぶん歪んでしまった。

 祖母よりずっと以前に亡くなる晩年まで、愛憎相半ばしてしいた。


 祖母の遺品を整理していると、故郷の知人からの封書や年賀葉書が見つかった。

 面識はなかったが、私は一人一人に祖母の訃報を知らせる手紙を送った。

 お世話になった介護施設の生活指導員、区役所のケースワーカー、事業所のヘルパーの方々にも手紙を送った。

 前例のない事態を冷静に対処してくださった方々だ。

 彼女たちが、祖母と私が生きることを支援してくれた。

 いくら感謝しても足りないくらいだ。


 数日後、祖母の故郷の知人夫妻から弔辞と香典が届いた。

“◯◯(祖母の名前)さんも薫さんに看とられて幸せだったでしょうね。これからは薫さんの人生を謳歌してください”

 そう綴ってあった。

 ありがたくて涙が出た。

 私は香典返しに関東産の緑茶を添えて送った。

 介護施設の生活指導員、区役所のケースワーカー、事業所のヘルパーの方々からも返信を頂いた。

 その温かい文面から

『祖母は本当に皆に慕われていたのだな』

と、しみじみ思った。


 お世話になった病院の受付に向かう。

 あいさつして菓子折りを渡した。

「よろしくお伝えください」

 祖母の亡骸を拭いてくれた看護師へ手紙を添えた。


 祖母の所持品を受けとりに久しくホームを訪ねる。

 施設長や、お世話になった職員にあいさつして菓子折りを渡し、真新しいタオルを寄付した。

『ここにくるのもこれで最後かな……』

 感慨に浸りながら自動ドアを抜けると、車の外に出た彼が煙草を吸っていた。

「お待たせ!」

 私は駆けよって彼の目線の先を追う。

「綺麗だね」

「うん」

 鮮やかなピンクが降ってくる。

 ホーム前の公園の、梅の花が咲きほこっていた。

 

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