第34話 遺品整理

 年寄りというものは物持ちがよく、なんでもかんでも溜めこんでいるものだ。

 押しいれの敷き布団に挟まって、よつ折りの千円札が数枚見つかった。

「お金がなくなった!盗まれた!」

 たびたび、被害妄想にかられた祖母は、そうして何人ものヘルパーと仲違いした。


 小箪笥の引きだしから、海軍上等兵曹(※戦死当時)であった祖父の履歴書や、乗船していた駆逐艦◯風が特別大演習した際の記念杯が見つかった。

 どちらも私が初めて見る物だった。

 持参したクリアケースに大切にしまう。

 祖父の死後、祖母は◯国神社に多額の寄付をした。

 檀那寺のお布施でもそうしたように、遺族年金は祖父関連に使い、自分は清貧を貫こうと決めていたのかもしれない。

 祖父の肖像写真は私の父に瓜ふたつだ。

 はたして、気質も同じであったのか?

 想像して苦笑する。

 祖母の若き日の肖像写真は美人薄命の観を呈していたが、結果、大往生だった。


 テレビと冷蔵庫と当時(十五年前)でも珍しかった二層式洗濯機は、家電リサイクル法に従って処分した。

 大小の箪笥や茶箪笥、テレビ台、カラーボックス、ソファー、テーブル、掃除機、扇風機、風呂蓋、カーペット、ホットカーペット、布団、こたつ一式……。

 それらは粗大ごみ処理券を貼って指定日に出した。

 炊飯器やポットやオーブントースターは不燃ごみの日に出した。

 ベッドは自治体からの頂き物らしく、どこかに寄付するだかしたが……忘れてしまった。

 気概ある明治生まれの祖母は晩年までエアコンを要さなかった。


 さて、問題の大仏壇だ。

 私の折衷案は“ダウンサイジングして引きとる”だった。

 正式な手順を踏むなら、坊主を呼んで古い大仏壇から御魂抜きしてもらい、ダウンサイジングした新しい仏壇に御魂入れしてもらう。

 坊主に“お車代”を渡す。

 金額などあってないようなものなので、それがなかなか交渉事なのだ。

 檀那寺の住職に相談するが、今は出張はしていないと言う。

 祖母が祖父の五十回忌法要をした際は県をまたいでやってきたが、先日数十万円を値切った私には目もくれない(笑)。

 私は檀那寺と提携している◯草の仏壇屋を訪ねた。

 ダウンサイジングといっても宗派専用の仏壇では下限があり、価格も張る。

「勉強させてもらいますがな」

 店主がニヤつく。

 それでも、なんだかんだで片手は下らない。

 掛け軸などの“ソフトウェア”が加われば、もう一本は下らない。

『家族葬で祭壇を設けなかった分だと思えば、ね……』

 私は腹をくくった。


 ◯川県産の金箔を◯都の職人が一枚一枚手作業で貼った新仏壇は、完成までに二ヶ月を要した。

 それと引きかえに大仏壇をお焚きあげしてもらうという約束から、それまでは祖母のアパートを解約できなかった。

 結局、祖母は三年ほど、私は二ヶ月、空のアパートの家賃を払いつづけたのだった。

 それで私は肝に銘じたのだ。

『自分が亡くなったあと、遺品整理をしてくれる人の手を煩わせない暮らしをしよう。残される人を想像しながら生きよう』

と。

 私は捨てる人になったあとで、増やさず捨てない人になった。

 まだ、ミニマリストなどという言葉がなかった時代の話だ。




 

 

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