第33話 墓守

 紫色のちりめん風呂敷に包まれた祖母の遺骨を抱き、母と私は隣県の檀那寺に向かった。

 いつの間にか、車窓の外はみぞれになっていた。

 大腿に乗せた遺骨がまだ、温かかった。

 坂を上がると住職夫妻が私たちを出むかえた。

「お寒いところをよくいらっしゃいました」

 奥方は昔から、母と私以外の連れにあいさつする。

 そのあとで死んだ魚のような目で私を見るともなく見る。

 住職が飲み屋の若い娘と浮気したという痛い過去から、彼女は私ほどの年ごろの女を敵視していた(※私がキャバ嬢であることは知らない)。

“パトロン”が私に移ったことなど知る由もあるまい。


 本堂に遺骨を安置して住職が経を唱える。

 四十九日の概念はないはずだが、納骨は四十九日後だ。

 それまで、遺骨は納骨堂で安置される。

「◯0万円で全部やりますよ」

 祖母が亡くなる前、納骨まで遺骨を預かってほしいとお願いしたところ、住職は事もなげに言った。

 祖母が法事のお布施を住職の言い値に従ってきた前例から、住職は私にも当然のように要求した。

「すみません。私は祖母のようには出せません。◯0万円が限度でしょうか」

「うむ。では、それで結構ですよ」


 経が済むと法事用の奥の間の個室に通された。

 法事の際に使う御袈裟を頂く。

 私は渡された墓地相続の規約を読んで書類に署名押印した。

 墓地相続するということは檀家を継承するということだ。

 祖母と私は戸籍上他人だったが、そうでもしなければ、私が墓じまいの手続きをしなければならなかった。

 もちろん、ただではない。

 土地を更地に戻して寺に返納し、祖父母や父兄弟の遺骨を無縁仏に合祀する……。

 それでは、あまりにも気の毒な気がした。

 墓じまいしても、墓地相続しても、どのみち費用はかかる。

 ならば、私の目が黒いうちは墓を守ろうと思った。

 血縁者でなくてもかまわないと言うので、墓地相続することに決めたのだ。

 我が親族の、残される者の負担を顧みない自分勝手で無責任な気質に苦笑しながら、私は三十代で墓守になった。

 

 

 

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