第32話 棺が飛ぶ

 運転手兼エンディングプランナーに寸志を渡す。

 そうしてくれと事前に助言されたのだが、まさか運転手が本人だとは思わなかった(笑)。

 母は乗車してから、運転手に飲み物を買って渡すのを忘れていたことに気づいた。

 互助会の斎場から静かに送りだされる簡素なバンを、道路の向かいから“末端会員”が監視していた。

『厄介事はもううんざりだ』

 私は母と“末端会員”の関係を看過することに決めていた。


 祖母が亡くなったとき、体重はわずか二十二キロだった。

 マルチで多忙なエンディングプランナーはへとへとに疲れていて、民営斎場のポーチでバンから棺を降ろすとき、ひっくり返しそうになった。

「失礼しました!」

 あわや、祖母が地べたに転がるところだった。

「では、私はこれで」

 そう言って頭を下げるやいなや“次の現場”に向かっていった。


「ご同行お疲れ様でした。本日担当いたします◯◯と申します」

 入れちがいに身綺麗な中年女性が現れた。

「本日はよろしくお願いします」

 母は早口に深々と頭を下げた。

 私は彼女に寸志を渡した。

 祖母の棺が向かった部屋は白くて広いプラットホームのようだった。

 火葬炉が数列、横に整然と並んでいる。

 担当の火夫があいさつした。

 私は彼にも寸志を渡した。

 こういうしきたりは嫌いではなかった。

「最期のお別れをしてください」

 火夫が覗き窓を開けた。

 母と私は口々に思いを告げた。

 火夫が覗き窓を閉める。

「お別れです!さようなら!」

 若い火夫は棺を勢いよく火葬炉にくべた。

『本当にお別れなんだ!』

 火夫の言葉に、私は急に悲しくなった。


 待合室に案内されて着席する。

「ご高齢ですので多少お時間を頂くかもしれません」

 そう伝えると、いったん担当者は退室した。

 昔の人間は骨が丈夫らしい。

『そういうものなのか?代謝してるのに?』

 私は給仕係を呼んで寸志を渡すと、べらぼうに高い瓶のオレンジジュースを頼んだ。

 それを母と分けあいながら祖母の昔話をした。


 担当者が戻ってきた。

 無事に火葬が済んだと言う。

 ふたたび“プラットホーム”に案内されると、祖母の遺骨が金属製のトレイに広げられていた。

 周辺が生温かい。

 チタンのボルトがそのまま転がっている。

 先ほどの火夫が

「これが喉仏です」

と説明しながら、手に取って見せた。

「本当だ!」

 私は思わず声を上げてしまった。

 祖母の喉仏は綺麗な座像の姿をしていた。

 母と私は儀式的な骨上げをした。

 あとは火夫に任せるのだと言う。

「「お願いします」」

 母と私は火夫に頼むと、担当者にタクシーを呼んでもらい、遺骨が包まれるのを待った。



 

 

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