第31話 祥月命日

 祖母は横顔の美しい人だ。

 バンの後ろで揺られる祖母をふり返り、つくづく思う。

 額はつるんとまるく、鼻筋はすうと通っている。

 小さな顔に、ひとつひとつ整ったパーツが正しく配置されている。

 色白で肌のきめも細かい。

 私が知る限り、我が家系唯一の美貌の持ち主だった。


 病院に着き、医師に死亡診断書を発行してもらう。

 奇しくも、祖父が戦死した祥月命日の翌日だった。

 死亡時のタイムラグを考慮すると、実質、同日だった。

 祖母は祖父が亡くなった六十三年後の祥月命日に亡くなったのだ。

『祖父が祖母を迎えにきた』

 私はそう思った。

 担当の看護師が祖母の亡骸を拭いてくれた。

 互助会のバンが迎えにきて、祖母はそのまま斎場の霊安室に安置された。

 ひと息ついた母と私は、いったん帰宅して心身を休めることにした。


 人が一人亡くなると、こうもバタバタするものかと驚かされる。

 稚拙な怨恨から父の葬儀への参列をかたくなに拒み、学生だった時分は遠方の親族の葬儀にも参列せず、友人の父母や兄弟姉妹の葬儀に申しわけ程度に参列したことがあるだけの若い私は、何も知らない。

 このたび、奇しくも喪主となった私は、名刺を貰ったエンディングプランナーと迅速に葬儀の打ちあわせに入った。

 互助会のプランが満期だったこともあり、基本的に足は出ない。

 当時はホーム職員が入居者の葬儀には参列しないという規定があり、年老いて上京した祖母には知人も少なく、手伝って高齢なために参列者もないので、祭壇を設けず家族葬で弔うことにした。

 棺と花と遺影……なんとも簡素だ。

 祖母が信仰していた宗派は四十九日という概念がなく“亡くなれば即、成仏”という教えなので、枕飾りも死装束もない。

 湯灌を別料金でお願いし、化粧をして頬に綿を詰めてもらい、生前祖母が気に入っていた浴衣を着せてもらい、初めに祖母の亡骸を拭いてくれた看護師の助言から、紫色だった爪先に可愛いらしい靴下を履かせた。


 公営斎場が大変混雑しているとのことだったので、料金が十倍ほどの民営斎場を手配してもらった。

 私は、なぜか、祖母を冷たい霊安室に長くとどめ置くことに焦燥と悲哀を覚えたのだ。

 それでも、一週間の待ち時間を要した。

 葬儀には祖母を偲ぶ人がぽつぽつ訪れた。

 祖母も私も親交がない母の知人は、母が断りきれずに入信させられた某宗教団体の末端会員で

「しきたりが違う!」

と騒いだ。

「よく頑張ったね。お疲れ様」

 仕事の合間に訪ねてくれた彼は、祖母の死化粧を眺めて労った。

 

 




 

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