第16話 包囲網

 私は、すぐに祖母の転出届を郵便局に提出した。

 母やNによって祖母宛の郵便物が窃取されてしまうのを恐れ、ホームの住所に転送できるようにした。

 祖母がホームに入居したのは極秘裏で、施設の職員にも特例で箝口令が敷かれていた。

 たとえ、どこかで祖母の入居が漏れて誰かが訪問してきたとしても

「そのような方は入居していません」

と答えるよう徹底されており、訪問者があった場合は、すぐに私に連絡がくる手はずになっていた。

 自治体や施設や地域、皆が祖母を護ってくれていた。


 私はできる限りホームを訪問した。

 「ありがたや……ありがたや……ありがたや……」

 祖母は夕日に向かって拝んでいる最中だった。

 紫色のカーディガンがよく似あう。

「お婆ちゃん!」

 私はそれが終わるのを待って話しかけた。

 窓際からゆっくりこちらに歩いてくる。

「◯◯(祖母の名前)さんはいつも何かに感謝していますね」

 通りがかった介護士が微笑んだ。

 夕食の時間になり、私は祖母を見まもった。

 隣の席のお婆ちゃんが粥をぽとぽとこぼすのとは違い、祖母は上手にスプーンを口に運んだ。

 おとなしく引っこみ思案な彼女も、少しずつホームの暮らしに慣れていった。


 ある日、介護施設の生活相談員から電話がかかった。

 祖母のアパートのそばの郵便局のATMで、凍結したキャッシュカードを使おうとした二人が、防犯ブザーに捕まったのだと言う。

 Nは局長を巻きこみクレームをつけたが、権利が私に譲渡されたと聞くと、渋々諦めて帰ったらしかった。

 以前、祖母の委任状を持って年金を受けとりにきた母とNを局長が覚えていて、生活相談員に連絡したのだった。


 数日後、母から私宛に手紙が届いた。

『おばあちゃんのことおねえちゃんが見ることになったのですね。おばあちゃんをどこにかくしたのですか?』(原文ママ)

 読みおわりしな、私はそれを破棄した。





 

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