第15話 アルツハイマー型認知症

 後日、お世話になっている介護施設の談話室にて、区役所高齢福祉課のケースワーカーも含めた三者で、話しあいの場がもたれた。

 母が祖母の身元引きうけ人の義務を怠り、祖母の資産を窃取したため、その権利を無効にし、母とNが所持しているであろう祖母名義の◯うちょ銀行のキャッシュカードはすみやかに凍結された。

 だが、某信用金庫の普通預金はごっそり抜かれたあとだった。

 祖母はアルツハイマー型認知症だ。

 告訴どころか、被害届を提出することもできない。

 Nはそこを突いたのだ。

「怖いお兄さんがね、ベランダの向こうからずっとこちらを見てるんだよ……」

 祖母の訴えを、認知症による老人性の幻覚や幻想だと判断していた私は、案外それがNなのではないかと思いなおした。

 祖母の部屋はアパートの一階にあった。

 祖母は貴重品を居間の箪笥の引きだしにしまっていた。

 ベランダはその部屋に面している。

 寝室は奥の部屋だ。

 祖母が寝いってしまえば、こそ泥は簡単に侵入できただろう。

 鍵を盗んだり、合鍵を作ったりしたのかもしれない。

 Nには朝飯前なのだから……。


「このままお一人にしておくのは心配です」

 ケースワーカーが言った。

 祖母には徘徊癖があった。

 一文なしになった祖母は

「郵便局にお金を下ろしにいく!」

と幹線道路に架かる大橋を越えようとし、近隣の住人に保護されたのだった。

「特養(特別養護老人ホーム)の入居は重度の方優先ですが、お婆様は緊急措置としてできるだけ早く入居できるようにしましょう」

 ケースワーカーが助け舟を出してくれた。

「お孫さん一人で背負うのは大変でしょうから……」

 私は、その言葉にぽろぽろ泣いた。


 それから、ひと月もしないうちに祖母のホームへの入居が決まった。

 私物は制限されたが、清貧の祖母には難儀ではなかった。

「アパートには戻らないでしょう……」

 そう言われたものの、信心深い祖母が所持する大仏壇の処分は、手続きや費用の面を考えると簡単ではなかった。

 そんな事情があり、なかなかアパートを解約できなかった。


 ケースワーカーから

「お婆様の後見人になられてはどうですか?」

と提案されたが、祖母は離婚した父の母であり、私とはすでに戸籍上他人なのだった。

 祖父は戦死し、父を含めた兄弟は皆、墓の中で、誰も祖母を世話する者はおらず……

我が家系はなんともかんとも複雑なのだった。

 そこで、今後、入金される年金などの管理はホームの施設長にお任せすることにした。

 私がそれを自由にできなければ、母とNにはびた一文渡らない。

 ようやく、私は安堵した。

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