第14話 茶筒

 ある日の午前、まだ夢の途中だった私をドアチャイムとノックが襲った。

 扉の向こうで私をフルネームで呼ぶ人がいる。

『誰だろう……?』

 新聞や宗教の勧誘ではなさそうだ。

 宅配便は日時指定だし、近隣の住人でもなさそうだ。

『なんの用事だろう……?』

 私は、母とNの件ですっかり用心深くなっていた。

 訪問者は激しい調子でなかなか諦めない。

 私は恐怖してふたたび布団を被った。


 気配が消えたので布団を出て玄関まで様子を見にいく。

 新聞受けにルーズリーフがそよいでおり、何かが記されているのが見える。

 私はそれをそっと取りだして読んだ。

“祖母の身元引きうけ人である母と連絡がつかないのでやむなくこちらに伺った。至急、連絡ください!”という内容だった。

 電話番号と女性の氏名が記されている。

 祖母がふだんお世話になっている介護施設の生活相談員からだった。

 私は悪い胸騒ぎがした……。

 

 午後、意を決して記されていた施設の代表番号に電話をかけ、担当者を呼びだしてもらった。

 母の行方を訊かれる。

 正直に詐欺師と蒸発したと答える。

 母は祖母の介護費用を滞納していた。

 祖母は現金をいっさい所持しておらず、食費や薬代は施設が立てかえていたのだそうだ。

「給付日当日◯◯県のATMからお婆様の年金をキャッシュカードで引きだした痕跡がありました。ご高齢なのに?そんなに遠くから?おかしいなと思いまして……」

『やられた!』

 清貧の祖母がこつこつ貯めた金でのんきに旅行でもしていたのか!?

「お米も買えなかったんですよ……」

 生活相談員は訴えた。


 翌日、取るものもとりあえず、祖母に会いにいった。

 生活相談員と担当のホームヘルパーも同席してくれ、詳細を聞いた。

 ホームヘルパーは大学ノートに日々の生活を克明に記録してくれていた。

 そこには母やNの記述もあった。

「すごくお喋りなお兄さんときたんだよ……」

 祖母は、ひそひそ声で言った。

 ホームヘルパーは気難しい祖母とうまくやってくれていたが、なぜか?母とNは事業所を変更する手続きを取ろうとしていた。

「助けてください!助けてください!お願いします!」

 祖母は胸の前で手を合わせ、ぽろぽろ泣いた。

 祖母の大好きな玄米茶の茶筒が空だった。

『絶対に赦さない……』

 私は、母とNへの殺意を募らせた。

「お婆ちゃん。もう大丈夫だよ」

 私は努めて笑った。

「ああ、よかった。皆さんに迷惑かけてごめんなさいね……」

 祖母は少し安堵したようだった。



 

 


 


 

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