第9話 メサイアコンプレックス

 店や自宅のポストに大判の茶封筒が届くようになった。

 素人でもひと目で狂人だとわかる乱れたデカい文字で、私の氏名や住所が記されていた。

 差出人の表記はない。

 茶封筒を開けると、A4の上質紙で、場合によって二十枚から三十枚がふたつ折りされて入っていた。

 Nからだった。

 自分がいかに母の役に立っているかの功績と正当性が延々と綴られていた。

 私を洗脳したいのか?(笑)。

 重複がほとんどで、要領がよければ一枚で事足りる内容だった。


『私は薫さんのお母さんを助けているのです』

『お母さんのためを思って』

『薫さんのためを思って』

『皆さんのためを思って』

『Tはお母さんを苦しめる悪い奴です』

『薫さんの彼はお母さんの敵です』

『お母さんはいろんな人からお金を騙しとられていました。それを私が回収してあげているのです』

 ならば、相変わらず母がすかんぴんだったのをどう説明してくれよう!?

 母に金を借りて返さない男がいるのは知っていた。

 どいつもこいつも腐った雑魚のような奴らだ。

 だが、腐った雑魚に脅され、あるいは甘い言葉に乗せられ、金を貸してしまったのは母の落ち度だ。

 それが、数十年続いてきた母のダメ女としての歴史だ。

 家族でさえ、改心させることはできない。

 お前は母の金をどこにやったのだ!?

 存分に奪っておいてなぜ、それ以上に求めるのだ!?


 メサイアコンプレックスは町に火を放つ。

 本人さえも意識が及ばない暗闇から。

 そうして燃えさかったところで、大げさに火消しにまわるのだ。

 町や人を助けたのは自分だと。

 自分こそが勇者なのだと。

 自分は特別な存在なのだと。

 誉められて承認欲求を満たしたいのだ。

 誉められて“助けられたい”のはN自身だ。



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