勝手になにかがスタートしたようです


「此処、一条戻橋の辺りみたいですね」


 結局、あの地図を広げて見ながら壱花は言った。


 この地図のせいで飛ばされたようなので、確認のためだ。


 まあ、地図を見なくとも、橋や立て看板に、一条戻橋と思いっきり書いてあるのだが。


「こんな時間にこんなところに来るなんて。

 さあ、出てくださいと言わんばかりですね」

と冨樫が言う。


「一条戻橋って、死者が生き返るとか。

 橋の下に式神がいるとか、いろいろ伝説があるところですよね」


 そう言いながら、壱花は周囲を見回した。


 橋の側の柳の木はそれっぽいが。

 大きな建物に囲まれているし、橋の側には道路標識もあるし、ぱっと見、全然、普通の場所だ。


「安倍晴明が奥さんが式神が怖いというから、此処に住まわせてたんだったな。

 ……安倍晴明でさえ、奥さんには弱いんだな」

と呟きながら、倫太郎は橋の下を見ている。


 そして、地図を広げている壱花を見て、おや? という顔をし、壱花の手をつかんで持ち上げた。


「……地図がある」


 先程までなかったのに、地図の裏に、もうひとつの地図が現れていたようだった。


 さっき居た場所に赤い光が灯っている。


 唐傘お化けが居た場所だ。


 そして、今居る一条戻橋の辺りがふたつ赤く点滅している。


「嫌な予感がするな……」

と倫太郎が呟いた。


「これ、もしや、近くになにかあやかしが居るというサインですかね?」

と言った冨樫に倫太郎は、


「居るんだろうよ。

 だが、問題はそこじゃない」

と言い、地図を月に透かしてみている。


 そこにあるかもしれない、なにかを確かめようとするように。


 全員口には出さなかったが、なんとなく感じていた。


 始まってはいけない、なにかが始まってしまったことを――。


 今、此処に飛ばされ、赤い光が点滅している。


 唐傘お化けが居たところが赤く点灯していることから言っても、此処にもなにか居るのは間違いない。


「もしかして……、これ、あやかしに遭遇しては、地図に光を点灯させていかないといけないとか?」

と壱花が言うと、


「壱花、あの化けギツネからもらったんだよな、この地図。

 奴が何処から、これ持ってきたか聞いたか」

と倫太郎が訊いてきた。


「……そういえば、駄菓子屋の隅にあったようなこと言ってましたね」


「……それ、絶対まともな地図じゃないよな?」


 倫太郎は地図を畳んでみようとしたようだったが、やはり、もう畳めない。


「あやかしを捕まえて……、というか。

 あやかしに遭遇して歩かないと、この空間から出られないんですかね、もしかして」


 そう呟いた壱花の横で、冨樫が、

「スマホの位置情報ゲームの走りみたいな地図ですね」

と言う。


 そのとき、近くの建物の陰からこちらを見ている者が居るのに気がついた。


 ぬっぺっぽうとちっちゃな烏天狗からすてんぐだ。


 物陰から、あの人たち、なに? というように覗いている。


「居たーっ」

と壱花が走り出す。


 ひっ、という顔をし、可愛い子天狗たちが逃げ出した。


 冨樫が後ろで、

「……まるでこっちが妖怪だ。

 いや、向こうから見たら、もともと、そうなのかもしれませんけどね」

と呟いていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る