月の光を浴びて

「んー、とりあえず。私が復帰するまでの数日の間は鈴音と練習してもらうってことでいいかな?弦真くん」

 舞雪は鈴音と弦真の話を聞き終え、面会時間あと五分となったところで、話を切り出した。

「別に私は構わないわよ?」

 鈴音は帰る支度をしながら、返事をした。

「弦真くんは?」

 舞雪は弦真の方を向き、問いかけた。

「え、そういえば鈴音さんってピアノ弾けたんですか?」

 弦真は驚きながら鈴音に問いかけた。

「あ、言ってなかったっけね。私と鈴音は昔同じピアノ教室に通っててね」

 弦真は舞雪の返答を聞き、頷いた。

「そういうことなら、全然大丈夫だよ」

 舞雪は弦真の返答を聞き、大きく頷いた。

「よし、じゃあ任せたよ?鈴音」

 鈴音は舞雪の方を向き親指を立て、ふふっと笑った。

「任せときなさい。舞雪が戻ってきたときには仕上がってるかもよ?」

 舞雪は目を細めて鈴音をみた。

「それは楽しみだ。じゃあ任せた、鈴音」

 舞雪は笑顔で、二人を送り出した。



「鈴音なら…大丈夫、よね」

 静けさの戻った病室で舞雪は呟く。

 窓の外に目をやると、満月が夜空に浮かんでいた。

「月の光、ね」

 舞雪は消え入るような声で小さく呟くと、月に向かって手を伸ばした。

「早く復帰したいのにな…」

 その声は誰の耳にも届くことなく、静寂に包まれた闇の中に消えて無くなった。

 まるで新月に向かって手を伸ばした時のように。

 

 舞雪の病室を後にして、二人は病院の前でバスを待っていた。

「Que vont charmant masques et bergamasques…」

 鈴音は流暢な発音である言葉をつぶやいていた。

「クエ、ボン・・・?」

 弦真が鈴音に問うと、鈴音は微笑んだ。

「『月の光』をドビュッシーが作曲したのは、知ってるわよね?」

 鈴音が弦真に問うと、鈴音は楽しそうに笑うと弦真に説明しだした。

「ポール・ヴェルレーネの詩集、『艶なる宴』だっけか。で、『Que vont charmant masques et bergamasques』『現われたる艶やかな仮面喜劇者たちとベルガモの踊り子たちは』って言葉があってね。その詩の最後の『bergamasques』が、『月の光』が入っている『ベルガマスク組曲』に使われているベルガマスクなの。あってたかな?あってるよね」

 鈴音はツラツラと言って、ふふっと微笑みを浮かべた。

「私も、舞雪も『Que vont charmant masques et bergamasques』ってフレーズが好きでね。よく口ずさんでいたの」

 弦真は鈴音の解説を聞き、へえと相槌を打つことしかできなかった。

「博識なんですね、鈴音さん」

 弦真が鈴音にそう言うと、鈴音は目を細めた。

「博識なわけじゃないわよ、無知とも言っていい」

 鈴音がそう言うと、弦真は首を傾げた。

「でも、現にとても詳しいじゃないですか」

 鈴音は弦真に向かって人差し指を指した。

「無知でも馬鹿な訳じゃない、のよ。誰か様とは違って、ね」

 弦真は鈴音の言葉を聞いて、苦笑した。

「誰か様って誰なんです?」

 鈴音は夜空に浮かぶ月を見て、小さく呟いた。

「私の最も尊敬する友人、かな」

 弦真は、それ以上深掘りしてはいけないような気がして、口を閉じた。


 しばらくして、二人の前にバスがやってきた。

 二人はバスに乗り込むと、ゆっくりと移ろう車窓を眺めながら学校の前へと戻っていった。

 「よーし、やるわよ?」

 現在弦真と鈴音の二人は学校の音楽室にいた。

「え、今から?今七時半ですよ?」

 弦真は戸惑いを隠せずに尋ねる。

 鈴音はバスを降りたかと思うとすたすた歩き出し、そのまま立ち止まることなく学校へと向かい、今に至る。

「先生の許可はもらってるし、別に何も問題ないと思うけど?」

 鈴音は鞄を床に置いて弦真を手招きする。

 用意周到な鈴音に弦真は驚きながら呆れていた。

「つべこべ言ってないで楽譜持ってきて~弦真君。時は金なり、なんだよ?」

 鈴音は部屋の奥からもう一つ椅子を引きずりながら持ってきて、ピアノの前に置いた。

「あ、それと電気はつけなくても大丈夫だから」

 疑問を浮かべながらも、指示通りに動いてしまう弦真だった。

 


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