第4話 好機
バケモノの口がグアッと開き、零矢にかぶりつこうとする。いよいよ焦った零矢は勇気を振り絞り、思いきりそいつの胴体を蹴りあげてやった。
ガッと甲殻の固い質感が足に響き、バケモノが動作を止める。
効いたか……?
正直言うと足がめちゃめちゃ痛かったが、バケモノが一瞬でも動きを止めたのだから無駄な抵抗ではなかったと思いたい。
バケモノは、相変わらず零矢の身体にのしかかったままだ。
その巨体をもう一度蹴りつけてやる。
続いてもう一度。
そしてさらにもう一度。
どうだこのやろう。
息が荒ぶる。
足がジンジン熱を持つ。
途中でその痛みが消え去ったのは
後々その作用が切れた頃に、激しい痛みを思い出すことになるのだろうか。たとえそれが幽体であっても?
……わからない。
今までこんなことなかったのだから。
けれど蹴りの甲斐があってか、バケモノの捕縛の力が少しだけ緩まった。
隙ができた。
今だ……!
零矢はもがき、その場から抜け出そうとした。
そうして距離をとってしまえばこっちのものだ。
スピードには自信がある。
不意打ちさえなければもう捕まることはない。
奴から距離を取り、逃げながら、今なにが起こっているのかゆっくり落ち着いて考え、状況を整理するのだ。
そう思っていた零矢だったが……
身体が完全に抜け切る前に、バケモノはまた零矢を押さえつけ、そしてなにか尻尾のようなものが左肩を貫いた。
「痛ッてぇ!」
痛い!
本当に痛い!
本当に本物の身体の痛みが電撃のように走り抜けていき、零矢はびっくりした。
そしてようやく次のことを理解する。
すなわち、これは肩を貫かれた痛みだ!
そのうえバケモノは尻尾からなにか変な気持ち悪い液体を傷口に注入している。体内に注入している!
なんだこれ、やめろ……やめてくれ!
もはや気持ちに余裕など微塵もない零矢は錯乱状態で何度も何度もバケモノに蹴りを喰らわせるが、ガッガッと無機質な音が鳴るだけでその巨体は無反応。
微動だにしないバケモノは再び零矢の身体を押さえつけ、大きく口を開き、巨大な牙を覗かせて、よだれを垂らしながら迫ってきた。
マジか……
これはまずい。
本当に本気で喰われてしまう。
うそだろ……
うわああああ……!
ガラにもなくあげた叫び声は、果たしてこの世界に響き渡ったのだろうか。
しかしそんなことは気にも留めない謎のバケモノは、無情にも零矢に喰らいつくのだった。
……と思われた、そんな時だ。
突如としてバケモノの顔が零矢の横の地面に頭突きして、めり込んだ。
ズンと地面が揺れ、太い音が鳴り響く。
そして自分の身体を拘束していた腕から今度こそ本当に力が抜けたことに気付いた。
これは
零矢はすぐさま身体を浮遊させ、バケモノの腕と地面の間からスルッと抜け出した。そして背面飛行したまま滑らかに高度を上げる。
でも、突然なにがあったのだろう。
バケモノが地面に頭突きするという不可解な行動。上空からその様子を見下ろして、零矢は目を疑った。
バケモノは、どうやら好きこのんで頭部でアスファルトを砕いたわけではなさそうだった。頭部に上からの強力な圧を受けて崩れ落ちたらしい。
そしてその力を加えた主が、バケモノの頭の上に今も居る。
いびつな骸骨のようなフォルムのバケモノ、その頭部に立つ凛とした姿の彼女を、零矢は今もしっかりと覚えていた。
小学生の頃――幽体離脱をしたあの時、この世界で見かけて、声をかけようと思いながらもかけられなかった、あの女の子。
その彼女が、今、バケモノの頭部に足を置いて立っている。何年か振りのその姿は、少しだけ成長し大人っぽくなっているだろうか。
それでもしっかりと以前の面影は残っていて、間違いなく彼女は彼女だった。
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