父と娘

『こんばんは! シズクです。今日はすごいですよ~。なんと魔王城からお届けしています。ラストダンジョンといえば、魔王城ですよねっ。その暗黒の城に、お邪魔しているのです! はたして、どんなお風呂が待ち構えているのでしょうか? 辿り着くは黒の楽園か、はたまた回復の泉でさえ、トラップなのか? 今から楽しみでしょうがありません!』


 いつになく、シズクちゃんの弁に熱が籠もっている。魔王の瘴気にあてられちゃったのかな?


「シズクちゃん、気合い入ってるね!」

「はいっ。ラストダンジョンなんてめったに入る機会ないですからね!」


 そうだね。ボクみたいな温泉バカは、魔王討伐なんて興味を示さないから。


『見てください。お湯がピンク色ですよ! どんな泉質なのでしょう? 入ってもいいのでしょうか?』


 緊迫した面持ちで、シズクちゃんは実況を務める。


 しかし、ワーカピバラが心地よさそうに浸かっている姿を見て、安心したみたいだ。 


『足を付けてみますね。すおお、高級スイートホテルのような、お湯の肌触りですっ。お湯の方から迎えに来てくれますよっ』


 たしかに、今まで入った温泉の中でも、最高に心地よかった。蠱惑的というか、生気が漲ってくる。


「ここまで結構な量の魔力を使ったのに、あっという間に回復したわ」


 そういうのはシャンパさんだ。


「おう。これは最高だな」

「見た目以外は完璧ッス」


 オケアノスさんとオルタも、満足な表情である。


「おおう。温度変化に弱いドラゴンも、ここなら」


 意外だったのは、リムさんまで湯に入ったことだ。


 不思議な温泉である。


「久々に、親子一緒である」

「父上。お背中を流すぞ」

「それはありがたいのである」


 ラジューナちゃんが、大魔王の背中を洗ってあげた。

 慈愛の眼差しを、ドルパさんが二人に向けている。 


「いいなぁ、家族って」


 大魔王とラジューナちゃんが仲良く湯に浸かる様を見て、シズクちゃんがつぶやく。


「え、でも故郷はあるんだよね?」

「はい。でも私、本当の家族がいないんですよ。獣人族ってのはわかっているんですけど」


 獣人族といえど、シズクちゃんは特殊な種族だったらしい。


「私が旅に出たのも、冒険をしていれば、いつか本当の家族に会えるかもって思ってのことなんですよ」


 そうだったのか。


「でもそれだと、連れ出したら悪かったんじゃ?」

「どうしてです?」

「だってさ、自分のペースで冒険したいよね? ご両親を探しているんだったらさぁ」


 ボクが言うと、シズクちゃんは「フフ」と笑う。


「そういうところです、カズユキさん」

「どういうこと?」


「そこまで気遣ってくれたのは、カズユキさんだけです」


 ツヤっぽい笑みを浮かべながら、シズクちゃんは恥じらった。 


「もし私に家族がいたら、カズユキさんを紹介したいな」

「ボクを?」

「色々助けてもらっているし、一緒にいると安心するんです」

 頼りないと思うけど。


「絶対に、両親を見つけ出します。そのときは、カズユキさんに紹介しますね」


「わかったよ。ありがとう」





 このときのボクは、夢にも思わなかったんだ。


 シズクちゃんのひとことが、フラグになるなんて。


(最終章に続く)

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