全裸の大魔道士 ユーゲン

「さて、邪悪な魔法使いめー。待ってるッスよー」

 意気揚々と、オルタが扉の向こうへと乗り込んでいく。



 まだ、悪い魔法使いって決まったわけじゃ――



「ぎゃああああ!」

 秒で、オルタが戻ってきた。


「どうしたの、オルタ!?」


「全裸のオバケがいたッス!」

 丸裸の変質者が、扉の向こうにいたらしい。


「変質者とは失礼じゃのう」

 部屋から、老人の声がする。


「こりゃまた、我が天空城の秘密にたどり着けるつけるがおったとは。長生きするものだのう」


 豪華な扉の奥に、大魔道士がいた。全裸で。


「ワシこそ、この城の主、ユーゲンじゃ」


 殺意や悪意は、まるで感じない。


「服を着ていないんだな?」

「ここには、誰もおりゃあせん。来るものもおらぬ」

「すまんが女性もいる。何か羽織ってくれないか?」


 見てみると、オルタが顔を両手で隠していた。ああいう老体でさえ、裸の状態は気にするみたい。おじいちゃんの裸体だと思えばいいのにね。


「ヘンタイさんッス! 見せつけてくるヤロウは、総じてハラスメントッス!」 

「ウブな子ですね、オルタさんは」


 人の裸を見慣れているシズクちゃんは、ユーゲンを見ても気にしていないけれど。


「あたし、弟のハダカも、恥ずかしくて見られないッス! 一二歳なんスけど、もう一緒にお風呂は入れないッス! 弟も拒絶してくるッス!」

 モーモーとか言いながら、オルタが悲鳴を上げる。


 それは見てあげない方がいいかも。思春期だしね。 


「おお、デリカシーがなかったのう。すまぬ」

 言って、魔道士ユーゲンはローブを羽織る。それでもまだ、ヘンタイさんだ。


「また、時間操作の秘宝で時の流れも止めておる。永遠の命も手に入ったのじゃ」


 とはいえ見る限り、男性の活力は「とうが立った」状態らしい。


「歩きながらブルンブルンしないで欲しいッス!」


「注文が多い娘じゃのう」

 やっと、ユーゲンはズボンを穿いてくれた。


「不老不死ですか?」

「老いないだけじゃな。殺されたら死ぬし、食わねば死ぬわい」


 全裸の魔道士は、二〇〇キロはあるバーベルを片手で持ち上げていた。


「とても死に近づいている風には見えませんが」

「おうおう。することがなくてトレーニングに励んでおった。最初は魔法が使えなくなった時用の護身術程度じゃったが、やみつきになってのう」


 聞いたことがある。脳を活性化させるには、意外にも運動が一番だと。


 頭を使う仕事に就く人や、経営者がもっとも欲しがるのは、「健康」なんだとか。そのため、暴飲暴食を避けて日頃のトレーニングも欠かさないという。筋肉を動かすことで、血流がよくなるからではなかろうか。


 このご老体も、その例に漏れなかったのだろう。


「それだけあれば、世界征服でも可能なのでは?」


「今さら世間に降りてもぉ。時代錯誤すぎてついていけんじゃろう」

 鍛えている割りに、ご隠居はえらく弱気だ。


「新しい文化を学ぶことも、魔法学の一歩かと」

「しかし、まだセントレアは攻めてくるんじゃろ? 現にお前さんらは、ブルーゲイザーを狙う騎士団のようじゃし」

「よくご存じですね」


「おう。毎度、塔で返り討ちにしたからのう」

 やはり、あの魔物をけしかけていたのはユーゲンらしい。


「ブルーゲイザーを奪還されたくなくて、あなたは隠遁生活を?」


 ボクが尋ねると、ユーゲンは大きく首を振った。


「違う違う。ワシはセントレアから逃げたんじゃない。追い出されたんじゃ!」


 ユーゲンは、セントレアに殺されるのを恐れていたのである。


「それは、なぜです?」


「ブルーゲイザーが、失敗作だったからじゃ」

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