第六章 天空露天風呂を目指して 後編 リゾート天空城

ファーストコンタクト

 最初にボクたちを出迎えてくれたのは、湖だった。


「うわっぷ!」


 落下の衝撃を、水面が吸収する。想像以上に深い。


「シズクちゃん、こっち!」


 水面から耳だけ出しているシズクちゃんを、引っ張り上げた。


「プワッ! はあはあ。ありがとうございます」


 次々と落ちてくる騎士団を避けつつ、ボクは泳ぐ。シズクちゃんを抱えて、どうにか湖から脱出する。


 既に、オケアノスさんたちは陸に上がっていた。泳ぎ疲れて息を切らしている。


 彼らの隣に座って、状況を確認した。


 ここは、天空城の領地らしい。木々があって、巨大な湖がある。ドボドボと騎士たちが落ちてきた。全員無事のようだが。


「無事に辿り着いたようですね」

「お前さんの無茶な作戦が、うまくいった」

「第五層は、あの仕掛けだったみたいですね」


 おそらく第五層の正体は、貯水タンクだろう。天空の城を伝った雨水を溜め込んで、雨や滝として塔全体に注がれる。そうして養分が育ち、魔物のエサや魔族を作り出していたのだろう。


 何も分からないまま進んでいたら、最上階で水没していたところだった。


 とにかく、後は天空城へ向かうのみ。


 立ち上がって瞬間、信じられない光景が。湖の水面が、ゼリーのように盛り上がったのである。コンモリした水がはじけ飛び、ブラックホールのような口が広がっていく。現れたのは、空を覆い尽くすほど大きい、墨色の物体だ。騎士一〇人くらいなら、軽々と飲み込めてしまえるんじゃないか?


「おいおいおいおい! 大ナマズだ!」


 まるでイルカショーのように高く舞い上がり、大ナマズは騎士団を丸呑みしようと口を開いていた。


「あわわわわ!」

 餌食になりそうな中には、オルタの姿も。


「てええええいっ!」

 ボクが声をかける前に、シズクちゃんは動く。地を蹴り、大ナマズに飛びかかった。アゴに強烈な前蹴りを見舞う。さすがヴォーパルバニーだ。大ナマズを「く」の字にする。


 だが、相手もナマズだ。ヌメヌメした皮膚によって、シズクちゃんのインパクトは流されてしまう。


 スリップしたシズクちゃんは、水面に叩き付けられた。シャンパさんが魔法を唱えて、シズクちゃんを一瞬浮かせる。その間に体勢を整え、シズクちゃんは水に落ちる。


 ナマズの標的が、シズクちゃんにシフトした。ギョロッと湖に視線を移して、湖水ごとシズクちゃんを飲み込もうとする。


「そうはいかないッス!」

 さすが腐っても騎士団長だ。オルタがナマズの眉間に降り立つ。剣をナマズの眉間に突き立てた。他の騎士たちも、背中や目に剣を差し込んでいく。


「シャンパ姉さん!」

 泳いで逃げるシズクちゃんを、シャンパさんが魔法で浮かせて回収した。オケアノスさんが、シズクちゃんをキャッチする。


「ナイス。じゃあ行くッスよ皆さん! せーの!」

 雷魔法を、騎士団はナマズに叩き込んだ。


 剣から体内に電流を流し込まれ、ナマズは蒲焼きになった。


「やったッス! 一丁上がりッスね!」


 この剣術は、数ヶ月のレベリングで編み出した集団攻撃である。


「早くズラかろうぜ。ナマズも切り分けて食っちまおう」

「賛成ですね」


 これだけ大きな湖だ。ナマズがもう一匹いてもおかしくない。


 ボクたちは安全な陸地でキャンプを張る。すぐそこに建物があるのに、敷地内で野宿なんておかしいとは思った。けれど、何があるか想像できない場所で休憩を取れるほど、ボクらは豪胆ではない。慎重には慎重を重ねないと。


 昼食は、さっき倒したナマズだ。ジューシーな切り身が、騎士団全員に行き渡る。それだけ、獲物は大きかった。


「これ、すごくおいしいわ。中までちゃんと火が通っていて」

 ナマズの串焼きをかじって、シャンパさんが一息つく。

「ホントだ。ここの名産として売り込んでもよさそう」


 惜しむらくは、タレが欲しい。塩焼きでも十分おいしいけれど。これはゴハンが進んじゃうヤツだ。生のままだったら、鍋でもよかったかも。 


「ありがとうッス。シズクさんがスキを作ってくれたから、攻撃できたッス」

「いえいえ。こちらも助かりました。オルタさん、お見事でした」


 シズクちゃんが、オルタと戦績をたたえ合う。


「で、あの城が」

「ああ。伝説の魔法使い・ユーゲンが住むという天空の・【雪の城塞】だ」


 真っ白い壁でできた、一面が雪のように煌びやかな城こそ、ボクたちの目的地だ。


「ところでな、ちょっと気になることがあるんだ」

「奇遇ですね、オケアノスさん。ボクもですよ」

「この城、まだ生きてるな」


 これだけの巨大な仕掛けである。主がいなければ、起動し続けられないはずだ。しかし、プカプカと動いている。となれば。


「城の主人は、まだ生きていることになりますね」

「冗談だといいんだがな」


 ボクたちが会話していると、騎士団がざわめき出す。

「ばかな。四〇〇年以上も前の伝説だぞ」

「おとぎ話で聞いたことがあるくらいなのに」

「魔族と契約したのかしら?」

 様々な憶測が、騎士団の間で飛び交う。


「落ち着け。まだ魔法使いが生きていると決まったわけじゃない! とにかく先に進むぞ」

 休憩として外で半日過ごし、探索を再開する。


 どんな温泉があるのか、楽しみだ。

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