精霊塔の打たせ湯

「水だって?」


 この塔には、水が大量に流れている。打たせ湯ができるほどに。


「たとえば、間欠泉みたいな感じで打ち上げて、ドーンって。で、放物線を描いて、城に到着する、なんてのは?」

 言いながら、自分でも無茶だなと思った。


「着地の瞬間、俺たちは潰れるなぁ」


 オケアノスさんも、ボクの推理に苦笑いを浮かべる。

 ですよねー。


「ですが、収穫はありますよ」


 ボクは、滝フロアの脇に回復の泉を見つけた。


 ちょうど滝の真下に位置して、勢いも岩山で弱まっている。どうやって沸かしたのかはわからないが、温かい。


「カズユキさん、こんなときは」

「だね、お風呂に限る」

 ボクたちは、せっかくできた温泉に浸かる。


『こんばんはーみなさん。今日はですねー、リロケンの塔に来ております。ご覧ください。タワーに滝が流れていますよ。壮大な大瀑布を見ながらお風呂! 最高ですね。おっと、打たせ湯もあるみたいですよ』


 湯に入りながら、シズクちゃんがプラカードを担ぐ。


「プロッスね」

「ああ。プロだよ」


 オルタが驚き、オケアノスさんが感心する。


 とはいえ、久々の風呂だ。ボクも便乗することに。


「いやあ、気持ちいい。飛沫がホコリを取り払ってくれるみたいだ」


 マイナスイオンの根拠は、まだ科学的にちゃんと解明されていない。でも、そんなことがどうでもよくなるくらい、滝の側にある泉は癒やしをもたらしてくれる。


「あれは、打たせ湯か!」


 岩に遮られたスペースで、ちょうどいい量の水が流れていた。これはまるで、打たせ湯ではないか。


「シズクちゃん、行ってみよう!」

『あっ、はーい』


 ボクはシズクちゃんの手を取って、滝の近くにある打たせ湯へ。


「うわー。まさか異世界に来て、打たせ湯に巡り会えるとは」


 お湯を当てて、肩をほぐす。


『ふわああ。この刺激がちょうどいいですねぇ』

 シズクちゃんは、頭からお湯を当てる。心地よさそうに目を細めていた。まるで温泉地のカピバラだ。


「たしかに、こいつはいい!」

「行水タイプのアンタにピッタリね、オケアノス」


「まったくだ。実にいい!」

 オケアノスさんはついでに、身体までこする。


 シャンパさんは、背中にまんべんなく湯を当てて、腰までじっくり清めていた。


「おっ、なんか楽しそうッスね!」

 この状況を見過ごすオルタではないか。

「打たせ湯を浴びてみるッス!」

 まるで修行僧のように、オルタは滝行を始めた。

 ふんにゃかふんにゃかと、何かを唱えている。こっちの世界のお経かな?


 え、ちょっとヤバいのでは!?


「カズユキさん、オルタちゃんを止めないと!」


 先にシズクちゃんが気づく。


「待って! そのタイプのビキニじゃ、トップが落ちちゃうんじゃ?」


「ヱ……」


 気づいたときには、遅かった。大事なトップ部分が、滝に流されてしまう。


「にょわああああああ!」


 トップ部分が露わになってしまい、慌てたオルタがしゃがみ込んだ。


 その拍子に、岩場へとお尻から転倒した。


「あたたぁ」


 ヒップをさすりながら、オルタは滝から離れる。


「ビキニのトップはっと……おっ、こんな所にあったッス」


 木の枝のような棒きれに、えび茶色のビキニが引っかかっていた。


 オルタはトップを掴み、自分の元へ引き寄せる。




 ガコン! と妙な音がした。




 気のせいか、ダンジョン全体が揺れた気がする。


「いやあ。ヒドい目に遭ったッス」

 滝の側に浮かんでいたトップを掴んで、オルタはいそいそと風呂から脱出した。


「あれ、滝が止まった?」


「そういえば、何か杖のようなモノを倒した感じがしたッスね」


 木の枝だと思っていた長細い棒が、全貌を現す。

 どう見ても、レバーだった。ボクの世界でよく見る作業レバーだ。 


「待ってください。塔が……」


 ズズズという不吉な音が、塔内に響き渡る。


 日の光が、塔に直接差し込んだ。それも、下側から。


「塔が傾いている!」

「違う折れ始めたぞ!」


 兵士や冒険者たちが、パニックに陥った。


 しかし、塔は容赦なく傾度を増す。


「落ち着いてください! 冷静に動けば、危機はありません!」


 傾いているだけで、人を押しつぶすような気配はない。


 急いで服を取り、塔の倒壊から逃れようと走る。


 心なしか、床の滑りもよくなっているような。滝の水が、地面を這っているのだ! 水が川のように流れ出す。


 行き先を見ると、天空の城が目の前に。



「待てよ。行けるかも知れません!」

「なんだと!?」

「このまま滑っていけば!」


 これこそ、天空の城へ行く道だったのかもしれない。


「オルタ、ナイスです!」

 ボクは、オルタにサムズアップを決める。


「どこがッスか? あたし、何かやらかしちゃったんじゃないッスか?」


「いいえ。グッジョブです!」


 荷物を抱えて、ボクは天空の城を目指す。


「川の流れに沿って。抵抗しないでくださいね!」

「本当にこれで合ってるんだよな!」

「合ってなかったら、おだぶつです!」


「フォローになってねえエエエエッ!」

 絶叫と共に、オケアノスさんが川の流れに飲まれていった。


 しかし、ボクに恐怖はない。


 ボクの予想が正しければ、これで空の島へたどり着けるはずだ。


(後編へつづく)

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