タワー内部の大草原

「オケアノスのパイセンも日和ったスねー。温泉マニアなんて連れて行くなんて」


 パイセン? 二人は知り合いみたいだな。


「よる年並みに勝てなくなったんスか? しかも、一人は戦闘職じゃない素人じゃないッスかー。大丈夫なんスか?」


 ゲラゲラ笑いながら、オルタはオケアノスさんに噛み付く。


「うるせえ、ミーティングするぞ。集まれ」


 オケアノスさん先導で、ミーティングは始まった。


「今回俺たちが乗り込むダンジョンは、天空に浮かぶ城【雪の城塞】だ」


 騎士隊は騎士隊どうしで、話し合いをしている。

 代表者による打ち合わせは、済ませているらしい。


 依頼主は、セントレア王家である。

 騎士隊を率いているのも、同様の王家だとか。


 探索隊として今回、二〇にも及ぶ大隊が組まれた。

 王家の本気度が窺える。


 オケアノスさんは、グループリーダーの一人に選ばれた。

 オルタの父親たっての希望だそうで。

 オケアノスさんはよほど、王家から信頼されているらしい。


 ボクたちもオケアノスさんのグループとして、ダンジョン攻略に参加するのだ。



「だが、油断はするな。たしかに、オレらの任務は負傷班の回収だ。と言っても、肝心のヒールスポットが見つからなければ全滅してしまう。特に天空城は、まだ人類未踏の地と聞く。気を抜くな」


 まあ、ボクたちは温泉を探すだけなんだけれど。


「そうと決まれば行こう。ではお二方、再度よろしくお願いします」


 ボクたちは、オケアノスさんとシャンパさんの二人とまた組んだ。


「じゃあ、コーヒー牛乳を出してくれ。向こうで味わえないかもしれない。今のうちに乾杯しておこうぜ」

「はい。じゃあ、武運を祈って」


 ボクたちは、コーヒー牛乳をあおった。


 塔周辺の市場で、最後の買い物をする。


「お前さんたちと、こうしてまた旅ができるとはな」


 荷物を確認しながら、オケアノスさんは笑顔を見せた。

 特に、食料面を大量に買い込んでいる。


 シャンパさんは、シズクちゃんと青空薬局へ。

「またいいお湯が見つかったら、教えてよ」


 こちらは回復剤をチェックしていた。

 シャンパさんに美容液なんて必要ないと思うけれど。


「その小瓶は?」

「日焼け止め」


 小瓶に入った乳液を、シャンパさんは顔に塗りたくっていた。


「ダンジョンに入るのに日焼止め? 太陽の光は入らないのでは?」


 外壁は白い土壁に覆い尽くされていて、日の光どころか空気さえ流れるのかどうか。


「タワーに入ったら、わかるわよ」と、シャンパさんは言う。


 ああ、空に近いからか。そりゃあ必要かも。


「あんたも持っておきなさい、シズク」

「わあ、ありがとうございます! では、私からはこれを」


 シズクちゃんが、干物にしたモンスターの肉を二人に提供する。


「まあ、おいしそう。さすがシズクね」


 いよいよ、塔の内部へと入った。


「え、草の感触?」


 草原と土の匂いが、まず鼻に入ってくる。

 今踏みしめているのも、雑草だ。


「なんスか、ここ」


 塔に足を踏み入れて、オルタが目を丸くした。


 無理もない。広い草原の向こうに森まで見えるのだから。


 この塔は、外見こそ普通のタワーを連想させる作りだ。

 しかし、実は内部に森や山がある。

 この世界に近い環境が、この塔には広がっているのだ。


「空間の感覚が狂いそうです」

「そうだろう? ここは魔法使いの実験場だったらしい」


 全部で五つの階層があり、人類が踏破できたのは四階層の奥までだそうだ。


「ちなみに、街で売っている作物や動物も、ここから採取している」

「食べても大丈夫なんですか?」

「なんともないなら平気だろ」


 害はなかったし、問題はないと思うけれど。


「まあ、アタシがいるからには、どんな敵もシバいてあげるッスよ。大船に乗ったつもりで構えといてほしいッス!」

 無謀にも、オルタが先陣切ってズンズン進む。


「大丈夫かなぁ?」

「ほうっておきましょう」


 ボクは心配だけど、シズクちゃんは無関心である。


「さっそくお出ましだぜ」

 敵の気配を察知し、オケアノスさんが剣を抜く。


「ものすごい数のモンスターが、押し寄せてきます」

 シズクちゃんが、長い耳をそばだてている。


 刹那、標準より大きいサイズの牛や鹿が群れを成す。


「なんなのコイツら! 前に見たときは、こんなに大群じゃなかったのに!」


 ぼやきながら、シャンパさんが火球でハチを撃ち落としていく。

 そのハチまでもが、人間の背丈ほどあった。


「くそ、奥のレッサーデーモン共が大群をけしかけてやがる!」

 鹿を投げ飛ばし、オケアノスさんは牛の首をへし折る。


 騎士たちは正攻法でモンスターに攻撃を加えていた。


 数は、一向に減る気配がない。


「こうなったら、あたしの実力を見せる時ッスね!」


 オルタが、剣を真横に構える。自分の周辺に、銀色の剣を形作った。オルタ自身をなぞるように。

 剣は一二枚の細長い翼を携えて、羽ばたいた。


「バカよせ、消耗しすぎるなっ!」

「必殺、ミスリルの翼ぁ! うおおおおおお!」


 オケアノスさんの注意も、オルタは聞かない。

 ミスリルの剣へと変形したオルタが、敵陣に突っ込んでいく。


 レッサーデーモン族が、破裂音と共に黒い灰と化す。


「ホラホラ、ぼやぼやしてたら後ろからバッサリッスよーっ!」

 ニタニタしながら、オルタは先へ進んでいった。


 頼もしいのやら、無謀なのやら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る