いざ、ホルスタ院へ

 小舟に揺られて、四時間が経過した。

 タワーカルストの並ぶ、霧の濃い場所に辿り着く。

 中国の武陵源みたいな景色だ。


「気をつけなよ。霧も掛かっている」

「ありがとうございます。行ってきます」


 シティエルフは近くに宿を取り、三日経ったら船着き場に戻ってくるという。


 ニュウゼンさんを先頭に、山を登っていく。


 モンスターが現れた。

 凶暴な巨大猿が、ボクたちに牙を剥く。


「カズユキ殿、下がってくだされ。たあ!」

 錫杖の突きをみぞおちに受けて、大型猿が気絶した。


 強いぞ、ニュウゼンさんは。ヒーラーだとばかり思っていたけれど。 


「滝があるよ」

 チョロチョロと流れる滝を見つけた。

 てっぺんが、霧で見えない。


「あんな高いところから、水が落ちているんですねぇ」

「いかにも修行の場、って感じがするね」


 カルストは、水が少ない土地だ。

 それでも、山口県の秋吉台などは、白糸の滝など有名な水場が多い。


 霧の立ちこめる自然の迷宮を、ニュウゼンさんの背を頼りに進んだ。


 途中のモンスターは二人が狩り、食材になりそうな獲物なら拾っていく。


「先が見えない場所を歩くのは、体力を使いますね」

「精神的に余裕がなくなっているからだね。でも、ニュウゼンさんの様子だと、もうすぐっぽいよ」


 温泉の香りが、段々と強くなっているから。


 ボクの勘は当たった。ニュウゼンさんが足を止める。


「道が開けてきたね」


 まるで、四国カルストのような台地が、目の前に広がった。

 たしか四国カルストって、乳牛の放牧地としても有名だっけ。

 ここも、そのような場所なのかも。


 ニュウゼンさんが、台地の向こうを指さす。

 その先には、小さく赤い屋根が。


「見えてきましたよ。あれが我らミノタウロス族の聖地、ホルスタ院です」


 霧が薄まり、赤い屋根のお寺が見えてきた。

 門は木の扉で塞がれている。


「すごい。湯の香りが強くなってきたよ」


 大きく息を吸い込むと、豊かな温泉の匂いが。

 門の前に辿り着き、扉を叩く。

 ギイ、と扉が開いた。


「ようこそ、ホルスタ院へ。わたしが館長ですぅ」

 ホルスタイン型ミノタウロスさんが、出迎えてくれる。

 ニュウゼンさんに勝るとも劣らない、立派な双丘だ。

 おっとりした話し方で、聞いているこちらも癒やされる。

 徳の高さからだろうか。


「旅の方ですか? 遠いところからはるばる」

「それがしはニュウゼンという者です。ぜひ、こちらで修行をいたしたく」


「TKB三六房の!? これはこれは! 我々が教えを請いたいくらいですぅ! どうぞどうぞぉ」

 ホルスタ院館長が、緊張気味に両手を繋ぐ。


 そこまで有名な人だったんだ。ニュウゼンさんって。


「して、こちらの方々は?」

「秘湯ハンターなる方々で」


 ボクたちを、ニュウゼンさんが紹介してくれた。


「こちらにあるという、豊乳温泉に興味があるそうです」


 ニュウゼンさんが言うと、館長が「モーッ!」と肩を怒らせる。


「またなんですか!? いいかげんにしてくださいぃ!」


「どうしたんです? 血相を変えて」

「美人の湯なんてデマなんですっ! どこかの冒険者が、勝手に言いふらしてぇ!」


 興奮する館長を、ニュウゼンさんが「まあまあ」となだめた。


「館長、温泉はないと言っていましたが、ウソですよね?」


「いいえ。温泉なんてありませんっ。第一、カルストがあるってことはお水が少ない土地なんですよぉ」


「滝があるのにですか?」


「うう……」


 ボクが指摘すると、館長はうなった。


「でもでも、温泉があるほどは」

「ごまかしてもムダです。この土地から漂う香りは、温泉特有のモノだ」


「ないったら、ないんですぅ!」

 館長が、門を閉じようとする。


「ちょっと待ってください」

 門の端を掴んで、ボクたちも食い下がった。

 それでも、門は段々と閉じていく。


「待って。せめて確認だけでも!」


「入っちゃダメなモノは、ダメなんです!」

 すごい力だ。ボクたち三人がかりでも、ビクともしない。

 ミノタウロス族ってこんなに怪力なのか。


「ご気分を害されたなら、謝ります。こちらは、カピバラ温泉でいただいた作物です。ボクたちだけでは食べきれないので、お収めください」


 とっさにボクも、アイテムボックスから大量の野菜と果物を差し出す。


「すいません。いただきますぅ!」

 一瞬で、館長は態度を改める。


「うわあああ!」


 ボクたちはもんどり打った。床に激突する。


 シズクちゃんとニュウゼンまで、ボクにのし掛かった。


「危ない!」


 ボクは二人がケガをしないように、押さえ込む。

 どうにか、地面への直撃は避けられたみたい。

 何かがクッションになってくれたみたいだ。


「みなさん、ご無事ですか」

「はい。無事なんです……がぁ!?」

「え、どうしたのシズクちゃ」


 茹だっているシズクちゃんの顔を見て、ボクは何が起きたのか察する。


 ボクはシズクちゃんとニュウゼンさんのバストを、豪快にワシづかみしていたのだ。


「あわあっ、ごめんなさいシズクちゃんっ!」

 慌てて、ボクは手を引っ込めた。


「むぎゅう」


 今度は二人の胸が、ボクの顔をダイレクトに踏み潰す。


「あちゃーあ、ごめんなさいカズユキさんっ」

「お構いなく」

「それはそれで、怒っていいですよね?」

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