豊乳風呂はデマ?

 誤解を解くため、せめて中へ入れてもらうように頼むと、館長は話だけでも聞いてくれるという。


「ごめんなさいね。興奮し過ぎちゃって。みなさん、どうぞ中へ」


 女性修行者たちも、揃って豊満なボディを誇った。


「みなさん、胸が大きいんですね」

「オッパイの大きい人が人目を気にせず安心して修行できることを、広めたかっただけなんです!」


 男性冒険者と並ぶと、どうしても視線を気にしてしまう。

 なので、プロポーションのコンプレックスを克服する術を授けているのだとか。


「もう遅い時間ですし、泊まってくだされ」

「大丈夫なんですか? ここは、男子禁制っぽいですが」

「そうでもありませんよ」


 修行の場として提供しているので、よこしまな考えさえなければ受け入れるという。

 もっとも、訪れたのは淫らな行い目当ての男性ばかりだったが。


「たしかに、ボクもいやらしいことには興味ありませんけれど。周りにどう見られるか」

「ご心配には及びませんぞ。お二人は、ご夫婦ということにしておきますので」

「ごふ……!?」


 ボクとシズクちゃんが、目を合わせる。


「あ、いや、我々は……」

「そうしておかないと、のぞき魔と誤解されましょうぞ」


 たしかに、配偶者とペアとしておけば、わいせつ目的なんて思われない。


「いいかな、シズクちゃん」

「そう思わせておきましょう。今だけです、今だけ」


 コクコクと、シズクちゃんがつぶやく。

 自分に言い聞かせるかのように。


 修行者さんと、一緒に食事をする。


 ちなみに、ボクはただの秘湯ライターだと館長から説明してもらっている。


 お野菜はさっそく、料理として振る舞われた。

 精進料理みたいだけど、実においしい。

 カピバラさんたちの村ではほぼバーベキューで出されたので、余計に。


 聞くと、この修行所は静かなことで有名だった。


 しかし、あまりにも胸の大きな人ばかりが集まりすぎたのだ。

 そのため、「豊胸に効果がある」「美人の湯がある」というウワサが広まってしまう。


 結果、ありもしない効果を求めて湯浴みに来る観光気分の女性が後を絶たなかったとか。

 また、セクシーな女性目当ての男性客も。


「迷惑しているんですぅ!」

 カボチャの煮物に、館長はお箸を突き刺す。


「ただの回復の泉なのに、おとなしく修行したいのに、ここは観光地じゃないんですぅ! もう相手するのもイヤなんです! 説明が面倒くさいぃ!」

 お箸に刺さった煮物を、館長は一口で頬張った。


 そりゃあそうだろう。

 喧噪を離れて修行しに来ているのに、人が押し寄せてくるのだから。


「ここは訓練場です! 豊胸ヨガ教室じゃないんですぅ!」

 お冠の様相で、館長はプリプリしていた。


「それで、源泉はないとウソを流したんですね?」


 ホルスタ院館長は、うなずく。


「左様ですか。修行の場としては魅力的ですね」

「静かないいところなんです。ここは」


 館長とニュウゼンが、納得し合った。 


「美肌……」


 ニュウゼンさんとは対照的に、シズクちゃんはガックリとうなだれる。


「では、我々がちゃんと効能を報告致しましょう」


「本当ですか? 助かります。『ウチは美人の湯でもなんでもない』と宣伝してくだされば」

 切実に、館長はお願いしてきた。


「回復の泉に過ぎないとお伝えしてもらえたら、結構です」

「わかりました。それ以上の効果は、錯覚でしょうし」


 そもそも「美人の湯」なんて、ただのプラシーボ効果だ。

 温泉には、栄養素が豊富に溶け込んでいる。

 胸に浸透するのも当然だ。


「入浴自体が、美肌に繋がると?」

「その通りだよ、シズクちゃん」

「美肌成分だけでもあれば、なんてぜいたくなんですねぇ」


 天を仰ぎながら、シズクちゃんは「ああ」とうめく。


「胸が大きくなるからとか美肌に効くとかで、温泉に入るのは自由だけど。温泉の魅力はそれだけじゃないからね」

「わかります。カズユキさんとの旅で、考えを改めましたね」


 最初は残念がっていたシズクちゃんも、ようやく温泉そのものの魅力に気づいてくれたみたい。


「では温泉に案内を……」


 トラブルは、突然やって来た。


 軽い地響きが、館内を揺らす。


 収まった直後、ミノタウロス族の修行者が、こちらに報告してきた。


「大変です! 空から魔族が!」

「なんですと!?」

「賊は、広場に降り立ちました!」


 全員で、鍛錬場である広場へと向かう。


「フハハハハーッ! とうとう見つけたぞ、豊乳の温泉を!」


 広場には、漆黒のローブを身につけた魔族が。

 声からして女性のようだ。大きさの割に、なんか幼い。


「ラジューナお嬢様、いよいよ悲願を成就なさるとき」

 隣にいる女性が、ラジューナという魔族に敬語で語りかけた。

 カールした白い髪の側面から羊の角が生えている。

 目を閉じていて、スリットの入ったぴっちりのローブを纏っていた。

 装備している杖からして、魔法使いみたい。

 保護者か、お供だろうか。


「うむ。ドルパよ。我は最強に近づいておるぞ!」


 ラジューナは、ローブをはためかせた。

 全身をトゲトゲ鎧で覆っている。


「世界はこの魔王、ラジューナに微笑むのだ!」


 ミノタウロスの聖地に現れたのは、魔王だった。

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