第三章 ドラゴンサウナ

レッドドラゴンのリムさん

 今日入る温泉はなんと、ドラゴンの眠る古城が舞台だそう。


「どうしよう。誰もついて来てくれなかったよ」

「ドラゴンが相手ですからね」


 魔王などの魔族が減った今、世界で最強の種族・生態系はドラゴンらしい。


 道中までは、冒険者たちがついて来てくれた。

 しかし、相手が相手だけに尻込みされる。


「こうなったら、二人だけで行くしかないです」

 やけにシズクちゃんがやる気だな。ドラゴンに興味がある様子だ。


 と言うわけで、ギルドからはるか東にある古城に二人きりである。


 朽ちた古城の様相は、そこにそびえ立つだけで絵になった。

 ファンタジー世界に来たんだなと、今さらになって実感している。

 今までが、温泉しか目に付いてなかったからね。


「お湯の気配は感じないね。水は流れているみたいだけど」


 澄んだ水が、城を流れていた。城の中に、川ができている。


「なんだ、これ? まるで川の廊下だよ。幻想的だねぇ」

「風流ですねぇ。ドラゴンの趣味なんでしょうか?」


 更に進むと、大きく穴の開いた壁が。

 壁の穴から、満月が覗いていた。


「詩人になった気分だよ」

「これが戦場跡だなんて、信じられませんねぇ」


 かつてこの土地は、大きな戦争があったらしい。

 女神さまくらいしか知らない神話の時代から、この朽ちた城は存在する。

 中世期の文明しかなかったが、大陸を丸ごと破壊できるような屈強な戦士たちが、ゴロゴロいたとか。


 この城を住処としているドラゴンは、その時代から何世代もかかって生き続け、財産を守っているという。


 ドラゴンに認められれば、財宝を手に入れることができるらしい。

 しかし、金貨一枚、指輪の石単位でお宝の数や形を覚えているという。

 そのため、ネコババしたら一発でバレる。

 ドラゴンに窃盗が発覚して灰になった冒険者は、数知れない。


「温泉があっても、譲ってくれたらいいんだけど」

「そうですねぇ。戦うことになったら、あきらめましょう」


 ごもっとも。

 いくらチートステータスを持っていると言っても、ボクは手からコーヒー牛乳しか出せない。

 非戦闘員にドラゴン退治を望むのは、無理な話である。


「そもそも、討伐対象じゃないもんね」

「はい。魔族相手に奮闘してくださったそうで」


 ドラゴンは、この世界に於いて中立派だ。

 人間と、人と敵対する魔族の、どちらにも味方しない。神の下僕とも違う。


 中には、人や魔族に味方したモノ、神に戦いを挑んだ魔王クラスの龍もいる。


 とはいえ、この城に住むレッドドラゴンは、世俗に興味がなかった。

 街も襲うことはない。

 強いて言えば、自分の味方だ。

 魔族を葬ったのも、我が家の財産を狙う不届き者を追い払ったに過ぎない。


 それでも、人はドラゴンに感謝している。


「もうすぐドラゴンに会えると思うと、汗をかいてきたよ」


「ていうか、熱いですね!」

 シズクちゃんの首が、ほのかに汗ばんでいた。


「ドラゴンが近くにいますね」

「かも知れないね」


 最後の玄室に、ボクたちは足を踏み入れる。


 一気に赤が、視界を覆い尽くした。


 どこまでも大きい紅の存在が、ボクたちの眼前に。

 財宝を守るように抱え込んで、寝床代わりにしていた。


 熱気の正体は、ドラゴンが吐く吐息である。

 息をするだけで、真夏の南風をボクに想起させた。


 走馬灯が脳に流れそうだ。

 こんなに緊張したのは、サウナですぐ隣にヤーさんが座ったとき以来だよ。


「はいこんにちはー」


 赤い存在が、脳内に直接語りかけてきた。

 やけにフランクな口調で。

 それが、余計に怖い。


 ただ、一つだけわかった。


 このドラゴンは女性のようだ。声だけで、美人さんだとわかる。


「どうも。秘湯ハンターのカズユキです」

「我はレッドドラゴンの【クリムゾン】なり。リムと呼んでくれればよい。用事は?」

「温泉を探しに来ました」


「ほう。泉となぁ」

 リムさんが首をかしげる。


「実はですね、この古城を探検する冒険者のために、セーブポイントになりそうな場所を探しています」

 シズクちゃんが、間に入った。


「なるほど。事情は把握した。てっきり財宝が目当てかと」


「石ころ一つ、興味がありません」

 ボクは言ってのける。


「客なら、もてなそう。しばし待たれよ」

 リムさんが、シッポの先を顔の前に。


 これでビンタする気かな? 


 シズクちゃんもそう思ってか、ボクの前に立って用心している。


「警戒せんでもよい。ちょいっと」

 なんと、ドラゴンは爪で、自分のシッポを切り落とした。


 そのシッポが、人の形に変化していく。

 長い赤毛の髪が、燃えさかるように逆立っていた。


「うーん。やはり人間と対面する時は、自分も人の型を取るに限るな。テレパスではムダに魔力を消費してかなわん」


 全裸なのだが、美術品のようでまったく性的に見えない。

 オレンジに光るタイツのような外皮に覆われて、大事なところも隠せている。


 一方、ドラゴンの方は財宝をお布団にして眠り出す。


「ここは吹きさらしで、寒かろう。ケンカ用に天井を壊したのでな。下の階にお茶を用意させる。ついて参れ」


 ボクたちは、お客さんとして認められたらしい。

 

 しかし、まいったな。ここには温泉がないや……。

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