冬・第25話 今年もよろしく①お前はこんなところで、芋天を喉に詰まらせている場合か?

「うぇーぃ、久しぶりぃいい真心」


 高いのか低いのか解らない妙なテンションで、リアルエッグマン・北地が手を振る。

 大晦日、年末年始休暇を使って帰省している北地と、食事の約束をしていた。予約を入れた町家風の居酒屋で落ち合うと、既に北地はハイボールを飲んでいた。


「お前、何杯目だよそれ」

「ん? まだ三杯目だけど」


 まだ? 突っ込みを入れるのも面倒で、真心は無言で正面に座った。


「最近、付き合いが多くてね。体重が増える一方だ。従って、流行りの糖質制限を取り入れることにしたよ。そこでハイボールだ。ビール、日本酒の類は禁止とするから、付き合うがいい」

「えええ……」


 先にひとりで始めたばかりか制限までかけられ、真心は片目を引きつらせる。

 ただし元々酒を頼むつもりはなかったので反論はしない。店員を呼んで「ウーロン茶」と注文した。ついでに「本日のおすすめ」から適当に頼む。


「おや、呑まないのか」

「……別にいいだろ。なんとなく、気分だよ」


 互いに仕事の近況を報告し合い、運ばれてくる料理を少しずつつまんだ。


「おお、相変わらずここの芋天は絶品だな」


 これも糖質じゃねーか、と思いつつ真心も同意し、まるでおでんの大根みたいな肉厚の芋を頬張る。中まで熱々で柔らかく、熱を吐き出しながら噛むと、甘みが口の中一杯に広がった。


「ところで年内にゆしかちゃんと仲直りしないのか?」


 唐突なひと言に、真心は喉に芋を詰まらせて咳き込む。

 涙目になるまでむせて、なんとかウーロン茶で芋を流し込んでから北地を見る。


「なっ……なっ……!? なんで知ってる……てか、なにを知ってる」


 北地は無表情に近い顔になって、眼鏡の位置をひと差し指で直す。


「さっきまで、ここにいたからねえ」

「……なんだと?」

「真心が来るまでいればいいのに、って誘ったんだけど、泣きそうな顔で逃げるように去ってったよ。でね、これを見せておいてくれって」


 北地が差し出したのは、白い封筒だった。

 真心は躊躇しながら手を伸ばし、封として貼られていたシールを剥がす。手紙でも入っているのかと想像していたが、中はレポート用紙のような数枚の束だった。ゆしかの字ではない。


「……これは」

「中は見てないけど、話は聞いた」


 北地は無遠慮な口調でテーブルに肘をつき、あさっての方向を見てジョッキを傾ける。


「病状説明書だってな、それ」


 関西で会ったとき、北地とゆしかは連絡先を交換し合っていた。

 そして先日ゆしかから北地に「年末、こっちに帰らないんですか?」と連絡があった。「聞いてるかもだけど、大晦日の夜に真心と会う約束があるよ。ゆしかちゃんも一緒にどう?」と返したところ、「その前、少しだけ時間をください」と申し出があった。


「嫌われても、もう会いたくないって思われても……嘘じゃないことだけは伝えたいって。エゴだとしても、それだけは、気を引くためのでまかせじゃなかったと知ってほしいって」


 そこには随分昔の日付が書かれていた。医者の説明した内容と、それを聞いたという本人のサインが書かれていた。如月ゆしか、と。

 そしてそこにあった極めて知名度の低い病名を、真心は知っていた。


「ひと言だけ、伝言がある」


 北地の声に、真心は弾かれたように顔を上げた。


「自分で言うべきだと言ったんだけどね。『目の前にいたら言えなくなりますから』と頑なだったよ。聞きたいかい?」


 頼む、と目だけで頷いた。北地はやりきれないという薄い笑みで言った。


「『関わってしまって、ごめんなさい』」


 真心は歯を食いしばり、固く目を閉じる。そうしなければ叫んでしまいそうだった。


「おい真心。お前は一体なにをやってるんだい」


 北地の口調は呆れと、侮蔑を含んでいた。


「下手したらあの子はもう、今さらだと解りつつも、お前の前から姿を消すつもりだよ。いつ死ぬか解らない人間がお前の傍にいてはならないんだと、そう思い詰めているようだった。どこまでなにを話したのか知らないがね、お前が、大切だと思うひとに、仲良くなったことを後悔させるような真似をするほどの馬鹿だとは、さすがに俺も知らなかったよ」

「……北地」

「これは、俺にしかできない役割だ。お前のことをずっと知ってる俺にしか。だからこそ解るはずだ。俺に罵倒されることが、どれほどのことなのか。

 真心。俺は自分をリアリストだと思うけどね。良いか悪いかはさておき、この出会いは運命的じゃないか? 彼女の言うように、関わってしまったことが間違いだったのかもしれない。けどもうお前はあの子を眩しく思い、あの子もお前になにかを見てしまった。

 で? お前はこんなところで、芋天を喉に詰まらせている場合か?」


 北地の口調は淡々としていて、怒気をはらんでいるわけでもなければ声が荒げられるわけでもなかった。しかしだからこそ、真心は立ち上がる。


「……すまねえ。用ができた」

「知ってる」


 北地が口の端を上げる。真心が財布から札を全て出して「これで好きなだけ飲め」とテーブルに叩き付けた後、荷物を肩に掛けて一歩踏み出したとき、


「あ、そうだ真心」


 北地が世間話の調子でその背に声を掛ける。


「そういやお前、俺を特別な友人だと思ってるらしいな」

「……は?」


 真心が渋面でしらを切りながら振り返ると、北地はからかうような顔をした。


「そして『逆はそうでもないだろうが、それでもいい』とか? もし本気で言ったんなら、いくら温厚な北地君でも、加減なくぶっ飛ばすところだよ。だがもうお前は別件で十分打ちのめされているようだし、なにせ俺はもうこのとおり酔っ払いだから、今日は勘弁してやろう」


 そらどーも、と一瞬だけ笑って真心は店を出た。

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