冬・第23話 逆鱗に触れる①献血に誘うようなテンションで『聖夜』を『性夜』に変えんとする

「サクッとヤッてみようよ!」


 献血に誘うようなテンションで『聖夜』を『性夜』に変えんとするゆしか(処女確定)の一撃に、言葉を失い俯いた真心は「このまま眠ってしまおうか」と半ば本気で考えた。

 しかしゆしかは真心の返事を待って微動だにせず、躊躇のない視線を向けてくる。


(ぶっ飛んだ女とは思っていたが、まさか、ここまでとは)


 帰りたい。自分の家だけど、心から帰りたい。ベッドで丸まってなにもかも忘れて眠りたい。

 そんな現実逃避をしても、事態は進展しない。真心は顔を伏せたまま、声を漏らす。


「あの……そういうのは、だな。ほら、もっと大事にしないと」

「そういうのって?」

「ほらあの……初めて、とかな」

「その気遣い、むしろキモいわ。おっさんか真心。あ、ごめん、おっさんだった」

「やかましい。じゃ、なくてもだな」

「でも誰でもいい、って捨て方じゃないじゃん。大事、大事」

「ぐう」潰れた蛙のような声しか出ない。


(そうかこれがぐうの音も出ないということか……あ、いや、ぐうの音は出たのか)

 いずれにせよ苦し紛れの台詞では、今のゆしかを突破できないと理解した。


「俺は……えっと、あの……駄目だ」

「どうして? もしや女性を恋愛対象として見られないの?」

「お、おう! そうだ、実はそうなんだ」

「でも前に、異性が恋愛対象って言ってたよね?」

「おう……」


 頭を下げた瞬間、次の手をひらめいた。


「だ、だけどな。そう! い、EDなんだ!」


 これをいい手と思う自分もどうかと思うが、背に腹は代えられない。しかしゆしかは、


「EDってなに?」


 と首をかしげる。予想外のピュアさに一瞬たじろぐが、真心は妙な方向に覚悟を決める。


「『役に立たない』ってことだ」

「ん? なにが? なんの話?」


 一瞬「わざとか?」と思うが、ゆしかは素で不思議がっている。


「……あのな、あ、アレがた……勃たないってことだよ」


 言ってて悲しくなった。嘘なのだが、何故か内心落ち込む。


「アレ?」

(いやいやさすがにそれは言わせんな! なんてプレイだこれ)


 真心が驚愕の顔で見つめると、ゆしかは天井を見て考え、数秒後に顔を真っ赤にした。


「な、なにを言ってんだ真心。この変態っ!」

(駄目だっ、こいつの赤面ポイントが全く解らん)


 真心は絶句する。しかしゆしかは照れながらも


「……それでもいいよ」


 と言ってのけた。


「試してみようよ。駄目でも、がっかりしたりしない。一緒に寝るだけでも全然いい」


 と天元突破を試みてくる。


「あ、あのな……だからさ……」

「真心」


 ゆしかは組んでいた腕を解き、テーブルに手をついて身を乗り出してくる。


「別に恋人になってくれとか重い要求はしてないじゃん。ただ、身体を少しの時間貸してって言ってるだけだよ。そう思ってよ。それとも、それが嫌なほどわたしが嫌い?」

「あ、あんな本を見せといてよく言うな」

「だって、騙したくはないし」


 悪びれず、僅かに照れたように顎を引き、下唇をくわえる。


「わたし、恋愛経験ゼロだからやり方が解らないんだもん。今まで色々試してきたけど、真心は全部はぐらかすし……責任取れとか絶対言わないから、わたしが前に進むのに、協力して」


 説得は無理だ、と真心は悟った。

 ゆしかの本気は身体中から発されている。そもそも今日の服装、顔、髪などからも解りやすく見て取れる。なんの覚悟もせず、いつもよりちょっと豪華な晩飯、という程度の認識でこの場に臨んだ真心が、思いつきの口八丁で太刀打ちできるはずがなかった。

 それに、はぐらかしてきたのは事実である。ある意味ではここに至らせてしまったのは真心のせいだと自覚していた。

 諦めたように肩の力を抜き、溜息をつく。そして、困ったような顔でゆしかを見て言った。


「あのさ、ゆしか……俺の本音を聞いてくれるか?」

「……いいよ」


 真心は微かに笑顔を作る。


「ひととひととの繋がりってさ、相互に思い合っているかどうかは関係ないと思うんだ」


 ゆしかは意図を掴めず眉の間に皺を寄せる。


「どういうこと?」

「例えば両思いのカップルの愛情を数値化できるとして、両方の数値が釣り合っているとは限らない。だけどだからと言って、その関係が嘘にはならないと俺は思う。

 これは恋愛に限った話じゃない。

 例えば親子って、きっと大抵がそうだ。命に代えても子を守りたいという親はそれなりにいても、死んでも親を守りたいって子どもはそこまで多くないだろう。けどだからと言って、親子の絆が偽りになるわけじゃ決してない。

 あと友情も同じだ。はっきり言って、俺はダチが少ない。

 だからってわけじゃないが、俺にとって北地は特別な奴だ。一方、北地は割と社交的でな、交友関係は広いんだ。俺はその中の、特別ではないひとりかもしれない。けどそれでも構わないんだ。だとして俺が、あいつを特別だと思う気持ちは安くならねえ。だろ?

 なあゆしか。初めてお前に会った日に俺が言ったことを覚えてるか?

 あのときと同じことを、今でも感じてる。いやむしろ、如月ゆしかという人間をより深く知って……その想いは強くなる一方だ。

 お前がこうして俺の前にいてくれることに、心から感謝してる。

 でもお前が、俺のことを、大切に思う必要なんてないんだ。

 そんなものがなくたって、俺は」

「馬鹿なの?」


 じっと目を合わせながら、相槌も打たずに傾聴していたゆしかが遮った。

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