冬・第22話 これ、ガチなやつ②安心してください、履いてません。でアイツをドギマギさせる

「とりあえずわたしたち、ヤッてみよっか」


 真心が焼酎を噴き出す。ゆしかが身体を引いた。


「汚い! なにっ? お前は悪役レスラーか!?」

「その突っ込みもどうなんだ」


 真心は口元を拭って一回、深呼吸をする。


「悪い。なんか聞き間違えたみたいだ。もう一度言ってくれないか」

「だぁー、かー、らっ! サクッとヤッてみようよ! って」

「…………えーと」


 テーブルに肘を突き、額を押さえて苦悩する。


「殴られるかもしれないけど、なんか、性的な意味に聞こえる」

「性的な意味だよ?」


 平然と、目を逸らすこともなく言い切ったゆしかに、真心は唖然とするしかない。


「最近、こんなのを貰いました」


 ゆしかが荷物から取り出したのは一冊の新書だ。


『これで気になるアイツもイチコロ! 恋愛ベタなあなたに贈る108のウルテク』


 イチコロて。ウルテクて。昭和か。

 108ってなんだよ。煩悩か。水滸伝か。

 頭の中に無数の突っ込みが浮かんでは消えつつ、真心がぱらぱらページをめくると、


『ウルテク3 いつ告白するか? 今でしょ!』

『ウルテク24 いつでも心はバッチコォオオイ!』

『ウルテク58 安心してください、履いてません。でアイツをドギマギさせる』

『ウルテク91 アイツに恋人がいようと結婚してようと、そんなの関係ねえ!』


 目に飛び込んできたワードに「あ、これ駄目なやつだ」と悟った。


「貰ったって……誰に?」


 真心が顔を上げると、ゆしかは「ふ」と笑って答えた。


「國谷さん。俺にはもう必要ないから、って」

「國谷ぁぁああああっ!」


(なにしてくれてんの!? てゆーかいつの間にゆしかとそんな距離感に。そして「俺にはもう必要ないから」ってなんだ。遠江にこれ使ってアプローチしてたの!?)


 声にならない叫びで口をぱくぱくさせ、真心は顔を引きつらせる。


「あ、あのなあゆしか」

「で、三十九ページを読んで」


 遮り気味に言われて、真心は該当のページをめくる。黄色い蛍光ペンでタイトルがマーキングされ、冗談のつもりか「テストに出るよ!」と書いてあった。


「ウルテク20 下半身から始める『VSBメモリー』!


 これはあなたが女性で、かつまだ男を知らない場合のみ使える方法である。

 VSB、すなわちキーワードは


『Virgin(処女)』

『Sentiment(情)』

『Body Compatibility(身体の相性)』


 の三つだ。


 やり方は簡単。一定の年齢を超えた男にとって、基本的に処女は重いと敬遠される。それを逆手に取って、『さっさと捨てたい』という軽いノリで、好きな男に『あたかも恋愛抜き』のような顔をしてヤらせてしまおう。


 なんだかんだ言って、ヤった女に男は情を感じるものだし、身体の相性が良ければなおさら、二度、三度と逢瀬を繰り返さずにはいられない。そうなればさらに「初めての男」になったという事実から、男は勝手に責任を感じ始める。


 友人関係にだって『腐れ縁』って言葉があるとおり、好き嫌いよりも合う合わないのほうが重要だったりするだろう。身体の相性が悪い両思いより、身体の相性がいいセフレのほうが案外長続きするものだ。


 もちろんそれで相性が悪かったり、ヤり捨てられたりするリスクもある。

 その場合は、きっぱり諦めよう。あなたの相手としては相応しくなかった、ということが解ってよかった、と割り切って次の恋を探せばいい。


 少なくとも、身体の結合テスト、互換性評価を行うこともなく諦めるなんて、食べたことのない異国の料理を「多分おいしくないから」と、食わず嫌いで敬遠するのと同じである。


 もちろん無理矢理は駄目だ。あくまでその気にさせないといけない。

 さて、その方法だが」


 後半で読むのを止め、真心は青ざめた顔でゆしかを見た。


「あの……この冗談、笑えないんだけど」

「なにを言ってんだよ、真心」


 ゆしかは半纏の袖に埋もれた腕を組み、ふんぞり返る。


「今日は本気って言ったろ。これ、ガチなやつだよ」


 立ってもいないのに立ちくらみのような目眩がして、真心は頭を抱えた。


「おおう……」



 つづく。

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