冬は棚上げ

冬・第21話 これ、ガチなやつ①はやくいれてよ!

 笑ってしまうような豪雪降りしきる今日このごろ。

 世間はこれでもホワイトクリスマスと言い切ることができるのだろうか?


 などと思いながら真心が窓ガラスに触れると、冷えたビールグラスのようにキンキンだった。

 湿気を多く含んだ大粒の雪は地面に薄く降り積もり、ノイズがかかったように今も視界を埋め尽くしている。真心は半纏の袖をぶらつかせながら、「今夜は積もるな」と独り言を言った。


 ゆしかはまだ臨時のバイト中だろう。「ケーキ売りのトナカイになる」と言っていた。


「クリスマスに於いて、トナカイはケーキを売る存在だっけ?」


 と突っ込んでみたら、


「馬鹿だな。そもそもトナカイが空飛ぶそりで世界を回るってのがファンタジーなんだ。そこに幾つかファンタジー要素が追加されても問題はないよ」


 と自信満々に言い切られた。終わったらケーキを持ってくね、とも。

 この雪じゃ自転車は使えないし、バスも遅れてるだろう。まさか歩いて帰ってくるつもりじゃないだろうな? 車で迎えに行くべきか? と思ったが、それも渋滞に巻き込まれそうだ。


(まあ、連絡ねえなら自分でなんとかするだろ)


 考えるのをやめて、真心は「茶でも飲むか」と、やかんに水を溜めて 火にかける。


(まさか寒いからとか言って、トナカイの着ぐるみかなんかで来るんじゃねえだろうな)


 あり得ないが、ゆしかなら絶対ないとは言い切れない気がして、苦笑する。

 そして三杯目のほうじ茶を飲みながら真心が漫画を読んでいると、インターホンが鳴った。

 ろくにモニタの姿を確認せず、


「ゆしかか? ちょっと待て」


 と呼びかけると、「うん」と返ってきた。

 いつものように家のドアを開けると、そこには見慣れた姿が。

 なかった。

 とは言えトナカイがいたわけでもない。

 そこには真上から降る雪を白い傘で避け、真っ黒なレースをあしらったワンピースを身に付け、キャメルのムートンコートを羽織る小柄な女性がいた。

 そう、『どこからどう見ても』女性だった。

 間ができる。


「あ、すいません。間違えました」


 とっさに真心がドアを閉めようとすると、その女性が動く。訪問販売のセールスマンのごとき俊敏さで、隙間に足を挟み込んだ。靴はエナメルブラックのハイヒールだ。


「家主が『間違えました』なんてシチュエーション、ないだろ!」

「ああそうか。じゃあ、『あの、間違えてますよ?』か」

「間違えてないし! 岩重真心の家に来た如月ゆしかだし!」


 ドアを挟んで押し引きをしながら睨み合う。


「なにが目的だ、名を騙る女め。だが調査不足だったようだな! あいつは女装なんて」

「女が女装してなにが悪いんだぁあ!」


 ゆしかは隙を突いてドアを開け放つと、不安定な体勢で蹴りを放つ。

 真心はそれをかろうじてかわすが、ゆしかは軸足のバランスを崩し、溶けた雪で滑って仰向けになる。右手に抱えていたケーキの箱が宙を舞い、真心は必死に手を伸ばしてキャッチする。

 傘も放り出し、ゆしかは派手に雪の上へ倒れた。


「あっぶねえな! てゆーかヒールのかかとは凶器だからな!? お前も慣れないもんを、しかも雪道で履いたりするからバランスを……おい」

「痛たたたた……」

「おい、ゆしか」


 突然冷静な声になった真心に、ゆしかは尻餅をついた格好で見上げる。


「なんだよ?」

「その……なんと言えばいいか。黒に白って、映えるな」

「はあ? なんの話?」

「や、そのワンピース、黒いだろ」

「ああ……それに雪が、ってこと?」

「違う」


 真心の視線が、地面の少し上に行く。

 ゆしかのスカートがめくれ上がり、太腿の付け根まであらわになっていた。


「わあああっ!」


 気付いてゆしかは一瞬で立ち上がって裾を押さえる。真っ赤になって上目遣いで睨む。


「……変態」

「ああうん、露出魔な」指を差す。

「わたしじゃねーよ!」


 一歩で間合いを詰め、今度は無難に猫パンチを繰り出し、真心の胸に当てる。


「痛っ。てゆーかお前なんで雪降ってんのに素足なんだよ。タイツとか履けよ」

「そんなもの、持ってるわけないだろう。いつもズボンしか履かないわたしが」

「何故威張る……寒くねえのか?」

「寒いよさっきから! 早く入れてよ!」


 ゆしかが真心の腕を掴む。その指と唇が小刻みに震えてるのに気付いた。


「馬鹿。さっさと入れ」


 真心は力尽くで連れ込むように引っ張った。




「つかお前着替えてきたほうがいいんじゃねーか? ケツとか濡れたろ」

「誰のせいだと思ってるんだ……いいから、ドライヤー貸してよ」


 玄関で雪を払ってからリビングに入り、洗面所で手を洗ってドライヤーとバスタオルを受け取ったゆしかは、リビングで髪や服を拭き、乾かし始める。

 真心は先程キャッチしたケーキの箱をキッチンで確認する。苺のホールケーキは少々偏っているが、奇跡的に崩れてはいない。


「おー、準備できてるねー」


 部屋を見渡してゆしかが言った。

 壁には昨日ふたりで作った折り紙の輪飾りが画鋲で取り付けてあり、テーブルの中心には20cmくらいのミニツリーが置いてある。それを囲むように七面鳥の丸焼きやフライドポテト、チキンナゲット、ローストビーフ、ポテトサラダが並ぶ。真心はそこへ刺身の盛り合わせやトマトスープ、茄子の煮浸し、カレーを鍋ごと、餃子、等々を追加して隙間を埋め尽くしている。もちろんシャンパンも忘れない。ついでに焼酎、日本酒、梅酒も。


「凄いな! ごちゃ混ぜっぷりも量も!」

「お前がリクエストしたんだろーが」


 苦笑いを向け、真心は七面鳥を温めるためにキッチンへ持っていく。

 ふたりでクリスマス会をしよう、と言い出したのはゆしかだ。


「やったことないからやってみたい」


 という思い付きそのままの発言に、真心はとりあえず「面倒」とか「クリスチャンじゃない」とか「都合のいい商業主義に踊らされるな」とかひととおりの抵抗はしてみたが、抵抗するのが面倒になった時点で言いなりになることを決めた。いつものパターンである。

 それで言いなりになった結果がこの国籍不明なテーブルだ。まあ真心としては、それでゆしかの気が済むならいいか、という気分だった。


「しかし、本当にどうしたんだ? お前」


 七面鳥をレンジにかけている間、改めて真心はゆしかの姿を眺め回す。

 いつも野放図の髪には櫛が通され、なにか付けているのかしっとりと頭の形に沿って流れている。首筋から髪留めでアップにされ、左側頭部には青い髪飾りまで付いている。

 顔はいつもより白く肌は滑らかで、目鼻立ちもくどくない程度に強調されていた。オレンジに近い口紅まで薄く引かれている。

 膝丈のムートンコートを脱いだ下は、胸元と裾にレースがあしらってある、シックでミニなブラックワンピースだ。ふっくらと控え目に盛り上がった胸元は鎖骨の下まで開き、長い袖は腕の形に沿っている。締まっているが細く形のよい脚にはなにも着けていなかった。


「……なにがさ」


 不服そうに半眼になって呟く声は確かにゆしかのものなのに、見た目はフォーマルな姿の女子である。少なくとも中学生男子にはまず見えない。


「や、びっくりしてるんだ。女に見えるから」

「別に性転換した覚えはないけど?」睨みを利かせてくる。

「褒めてんだよ。自分でやったのか?」

「……化粧とか髪は、真香にやってもらった。服は大学の友達に借りて」

「そっか。そんなにクリスマスパーティーに憧れてたとはな。すまん、俺普段着で」


 真心は温め終わった七面鳥をテーブルに戻しに行く。


「別にパーティーに憧れて……じゃ、ないもん」ゆしかの声量は独り言並だ。

「ん?」

「寒い!」誤魔化すようにゆしかは叫ぶ。「真心、その半纏脱いで」

「はあ? だったらお前、とりあえずコートでも」


 いいから! と、無理矢理引っ張られ、真心はクルーネックの長袖ケーブルニットにジーンズ、という格好にさせられる。ゆしかは奪った半纏を羽織り、「あったけぇ」と微笑んでいる。


「うわ、一気にいつものゆしか感出たな」


 首から上はともかく、ワンピースは完全に半纏のテイストで上書きされている。


「へへ」と、幸せそうな顔でゆしかは笑い、テーブルに着いた。


 それからとりあえずシャンパンで乾杯し、思い思いに食べ物を取り分ける。


「こういうのもさ、パーリーピーポーって言うのかな?」

「確実に違う……」


 とりあえず鳥、などと駄洒落なのか結果的にそうなっただけなのか微妙な呟きをしつつ、ゆしかは七面鳥を頬張り、ローストビーフを箸でつまんだ。


「まあ見てのとおり、わたし、今日は本気なんだよね」

「おう、そうか」


 なにが? と訊くこともなく、聞き流して茄子の煮浸しを口に入れ、シャンパンで流し込む。


「で、そんなわたしから提案があるんだけど」

「ほう、なんだ?」


 シャンパンを飲み干し、次に麦焼酎をロックグラスに注ぎ、あおりながら相槌を打った。

 ゆしかは口の中のものを飲み込んでからおもむろに言った。


「とりあえずわたしたち、ヤッてみよっか」

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