秋・第14話 紅葉クエストⅡ~色付くゆしか~②わたしはBカップだ

「……あの。ゆしか先輩のこと、女としてどう思ってます?」


 思わず飲み物を噴きそうになって堪えた。


「なっ!? なんだよ唐突に!」

「訊かれて困ることなんですか」

「や、そんなんじゃねえけど」

「岩重さんはゆしか先輩とどういう関係なんです?」

「そりゃあ……友達だよ」

「でも結構年齢差ありますよね? 見た目はもっと。さらに、ゆしか先輩も実は女です」


 ごほん、と寝ているはずのゆしかが微かに咳払いをした。

 ん? と思ったが、真心はそれには敢えて反応しない。真香が前部座席に頭を出して続けた。


「本人に聞きましたけど、若い女性を頻繁に泊まらせてるっていうのは、ただの友達とは言えないんじゃないですか? そこのとこどうなんです?」

(……んん?)


 真香の態度にも違和感を覚える。なにげない疑問にしては、追求の姿勢が前のめり過ぎる。

 試してみるか、と真心は敢えて芝居がかった口調を作る。


「こいつが若い女性? 冗談だろ?」

「え?」

「確かにこいつは勝手に泊まってくよ。けどそれは、猫が庭で日なたぼっこしてるようなもんだ。こいつのどこを見て女だと認識すればいいのか、逆に教えてほしいね」


 真香はゆしかのほうを気にしながら「なんてことを」という目で顔を引きつらせる。


「い、言い過ぎです岩重さん。本人の前で」

「大丈夫だろ、眠ってるし」

「い、いや、でも……た、確かに、確かにですよ? 頭はボサボサだし化粧っ気はないしアクセサリーを付けてるところを見たことないし、服は大体ボートネックのカットソーだし制服以外でスカート持ってないんじゃないかと疑いますし、言葉遣いも声も少年ぽいですし、やってることは男とか女とか関係なく時々、いや割といつも常軌を逸してますけど…………あれ?」


 真香が上目遣いで眉間に皺を寄せる。


「ほら、女性らしさの欠片もないじゃないか。仮に、万が一性別が女だったとして、俺には判別することができないから、女性を泊めているという意識はこれっぽっちもな」

「そこまで言うことないじゃないかぁあああ!」


 突然、寝ていたはずのゆしかが真心の二の腕に渾身の猫パンチをかます。


「あ、危ねえっ!」


 真心は危うくハンドルを回しそうになったが持ちこたえ、隣に呆れ混じりの睨みを向ける。


「……やっぱ狸寝入りか」

「わ、解ってたのか……!」


 目を丸くして驚いた後、ゆしかは肩をすぼめて不安げな上目遣いをする。


「じゃ……じゃあさ、今のはからかってただけなんだね? 本音じゃないんだね?」


 車内に間ができた。

 エンジン音だけが低く響く時間が十秒ほど続き、真心は真顔で言う。


「……なあ、夜飯とかってどうする? 今日は好きなものおごってやるよ」

「急に優しい言葉で話を逸らすなぁああああっ!」

「ゆしか先輩……ごめんなさい。しくじりました」真香が申し訳なさそうに俯く。

「そうだよあんたも! なにが『実は女です』だよ!」

「だ、だって」

「だって、なに?」

「……思わず本音が出ました」


 ばちこーん。


「あうっ」ゆしかの平手が真香の額をいい音で叩いた。

「やっぱゆしかの差し金だったか」


 溜息交じりの真心に、真香が説明する。


「帰りの車の中で寝たふりするから、岩重さんがゆしか先輩をどう思ってるのか探れって……ついでに先輩のことも褒めとけって」

「あっさりばらしたな裏切り者!」ゆしかが顔を赤くする。

「お前なあ」


 真心はゆしかへ軽蔑の視線を向ける。


「日和さん、いつから仕込まれてたの?」

「昨日、岩重さんの家に行く前です」

「そんな前から!? まさか、紅葉見に行く交換条件にしたんじゃねえだろうな」

「そ……そんなわけ」


 ない、と言い切れず、ゆしかはしょんぼりした顔でうなだれた。

 密室の狭い車内には、もはやどうしょうもない気まずさが満ちている。

 それ以上言葉がないまま、やがて車は真心の家に到着した。

 ゆしかがおしっこを極限まで我慢していた子どものような勢いで、助手席のドアを開け放つ。


「あっ、おいゆしか。飯はどうすんだ」

「回転寿司! でも一時間反省してくるから待ってて!」


 外に飛び出し、そのまま自分の家へ向かうかと思いきや、ドアを閉める前に振り返る。


「ひとつだけ言っておくけど!」


 瞳を潤ませ、真っ赤に色付いた顔と「お前のかーちゃんでべそ!」と言いそうなポーズで、


「わたしはBカップだ!」


 と捨て台詞のように叫び、ドアを閉めて去った。あっけにとられたまま、真心が呟く。


「……日和さん」

「はい」

「あれ、なにが言いたかったんだろう?」

「多分『ちょっとは胸あるよ、だから女だよ』ってことじゃないですかね?」

「……ああ」


 頭痛に耐えるような顔になって、真心は額を押さえた。


「あ、そういえば日和さんはこの後どうする? 飯とか」

「あたしはそろそろ帰ります。いい息抜きできましたし、逆に勉強したくなってきました」

「そっか」

「ええ。あとはふたりの時間を楽しんでください」

「だからそういうんじゃ……」

「一応誤解のないように言っておきますね」


 真香は裏のない微笑みを真心に向ける。


「仕込まれたのは本当ですけど、ゆしか先輩への褒め言葉も、本音ですよ。あたしは先輩が大好きです」

「ああ」


 真心はゆしかが駆けていったほうを見て、目を細め、軽く息を吐く。


「解るよ」

「岩重さん、にやけてます」

「に、にやけてねえよっ」

「さっきの捨て台詞といい……ほら、ゆしか先輩って、すっごく可愛いでしょ?」


 見透かすような口調に、真心は口元を手で覆う。

 それから首を回し、大きく伸びをして完璧な仏頂面を作ってから言った。


「送るよ」

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